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#10 古典とは?

松原朗さま

 そもそも「こんにゃく問答」と名付けたのは、ご存じの落語に由来します。二人いずれも相手の意図を誤解し、ちぐはぐな会話がそのまま続いてしまうおかしな話です。翻って考えてみると、他者とのやりとりは本質的にそんなものかも知れません。つまり相手の言いたいことを的確に受けとめないまま、自分なりの思考を進める。たとえそれが意図的な曲解でなくても。そう考えると、落語「こんにゃく問答」は、対話というものの核心をついた話であるかに思われてきます。としたら、話題がしだいにずれていく、思わぬ方向に逸れていく、それはそれでやむを得ません。と、以上は話が咬み合わないであろうことへの言い訳です。
 とはいえ、なるべく松原さんの文面に「寄り添う」(政治家が最近よく使う嫌な言葉をわざと使ってみました)べく努めまして、松原さんがしきりに書いておられる古典の暗唱について、わたしも少しだけ書き足します。

 昔、中央公論社から出た「世界の文学」という文学全集、赤い瀟洒な装丁で一世を風靡しました。わたしたちの世代には、それこそ世界の文学への入り口となったもので、思い出すだけで当時の興奮がよみがえります。第一回配本の『罪と罰』は池田健太郎訳。ロシア文学といえば中村白葉とか米川正夫に決まっていたのに、訳者も斬新でした。それに続いて出たのが富永明夫訳の『赤と黒』。その主人公のジュリアン・ソレルは新約聖書を丸暗記している。階級差が激しいフランス社会にあって、下層出身の彼はなんとか上昇したいとあがく野心家でした。『赤と黒』は生まれながらにして負わされた条件を自分の手で克服しようと焦った若者が、そのために葬り去られるというものでしたが、小説の全体は今は措き、ここでは冒頭だけを取り上げたいと思います。聖書の暗記を武器に上流社会を目指す青年、このことはわたしたちにとって示唆に富んでいます。聖書をすべて暗唱できる人は西欧社会でも多くはなかったであろうからこそ、彼の「特技」が特記されたのでしょう。ジュリアン・ソレルがそれを身につけたのは上流社会に潜り込むための手立てにほかならなかった。つまり古典の習得は自分を上流に押し上げるために必要だったのです。中国でも経書を身につけていることが士大夫階級のあかしでした。古典を意味するclassic の語源はclass(階級)だそうですから、どこの文化圏であれ、古典は支配階級の独占物だったわけです。
 松原さんのお手紙は、古典の暗唱からおのずと古典そのものへと移っていきます。古典をめぐって、わたしもこれまで少しですが書いたことがあります(「中国における古典」、『中国古典文学の存亡』、研文出版、二〇二三予定)。
 また前々回(#8)にも触れた、広島大学・佐藤大志さんの「カフェ」、そこに提出した題は「古典を(に)コテンコテン」というものでした。訓読をしていて、格助詞を「を」にするか「に」にするか、迷うことがありませんか。どうやらかつては「に」を使っていたものが、時代が下がるにつれて「を」に変わってきた傾向があるかに見えます。しかしここでいう「古典を(に)」は、「を」を取るか「に」を取るかでまったく意味が変わってしまいます。「古典を」でしたらわたしたちの手で古典を打ち砕こうという勇ましい言葉になりますが、「古典に」でしたら逆に打ち負かされてしまうことになります。こんなふざけた題をつけたのは、古典をやっつけようと意気込んだのに、反対にさんざんな目に遭ってしまう、といった自虐的な意味を含ませたつもりです。そこには古典を尊重しようという敬虔な態度ではなくて、古典など破壊してしまえという物騒な意図を、結果はともかくとして、含んでいたのです。

 ここからもおわかりいただけるように、古典に対する態度が松原さんとわたしではずいぶん違います。松原さんはいかにも誠実な研究者らしく、また篤実なお人柄そのままに、古典に敬意を払っておられることがよくわかります。しかしもともと不逞のやからであるわたしなどは、古典は大切な書物である、現在も将来も範とすべきである、などと口に出せないのです。
 松原さんが古典を「人格を作る鋳型」と言われたのは、まことに言い得て妙と思います。その通りだと思います。ただその先が決定的に分かれるのです。わたしなどは過去の人が作った「鋳型」に自分が押し込められてなるものか、と思ってしまいます。古典を鼓吹する人たちが往々にして保守的な論客であることも、古典が備えているそうした性質に関わるのでしょう。すでに用意され、権威を認められた鋳型に若い人を押し込める、そのほうが社会の安定のためには都合がいいのです。でもそれゆえに若い人たちが古典になじめない、古典から遠ざかる、それも当然のこととわかります。
 わたし自身は今、こんなふうに古典を捉えています。わたしたちは自分がかけがえのない一人の個人であると思っていても、実は文化の用意した枠のなかで物を見たり物を考えたりしている。物の見方、物の考え方を知らず知らずのうちに学んでいる。知覚、認識、思考……どれをとっても文化のなかでおのずと教えられたものだ。もしそうした文化、文化の用意する無言の教育環境がなかったら、わたしたちは何も自分でできはしない。つまり個であるつもりの自分は実は文化の産物なのだ。わたしたちが文化のなかで自分を形成していくものとしたら、古典はそのために「効率のいい教材」なのではないか。古典を通してわたしたちは世界の基本的な枠組みを認識していくのだ、と。

 松原さんの文章のなかにもうかがうことができますが、古典には人格の形成といった倫理的意味合いが含まれているかに見えます。それに対しても、わたしはうさんくささを覚えてしまいます。倫理というのは世の中にとって「都合のいい人間」を作るための装置ではないか、などと斜に構えてしまうのです。もし古典に人間形成の作用があるとしたら、それは倫理的人間の育成などではなく、人間としてのやさしさ、あたたかさ、きめ細かさ、寛容さなどであってほしいと思います。教化を旨とする中国の経書は人格形成にぴったりに見えますが、日本の古典、たとえば『源氏物語』は倫理の教科書になるのでしょうか。道徳性・倫理性を豊かな人間性とでもいった方向に変えれば、わたしにも理解することができます。

 古典そのものの捉え方に異議を呈したついでに、些細なことですが、もうひとつ反論を記します。古典が声を出して読まれたことについて、松原さんは「昔は紙が高価で、印刷技術も未成熟だったから仕方のないことでした」と書かれ、さらにそれが主たる理由ではないと論を進めておられます。紙・印刷は前置きに置かれたに過ぎませんが、しかしこれは紙が豊富にあり、印刷の発達した現在から過去を振り返った発言ではないでしょうか。言葉が音声だけを手段とした時代はものすごく長く続いたはずです。常々知りたく思っているのですが、歌詞・楽曲・舞踊が一体となったパフォーマンスから、歌詞が文字で書き出された、つまり紀元前六世紀のころに書物としての『詩経』が誕生した、これは大変な変化だと思うのです。何が歌詞の分離、独立を促したのか。文化のうえで何らかの重大な変容がその契機となったはずです。今は疑問を呈することしかできませんが、人間の言葉の歴史のなかで紙に書かれたり、さらにはそれが印刷されたりするのは、ごくごく最近のことでしょう。読む行為のなかに黙読という読み方が生まれたのもつい最近のはずです。北杜夫『楡家の人々』のなかに、青山脳病院の書生でしたか、新聞を声を出してよむ男が出てきましたが、それが当時はふつうだったのではないでしょうか。話がさかのぼりますが、李商隠の詩を彼の従兄が道ばたで朗唱していると、それを耳にした近所の少女が、「その詩を作ったのはどなた」と尋ね、彼女のほうから逢い引きに誘ってきたことが、李商隠の「柳枝」の詩の序に記されています。ふと思い出した例を記したまでですが、ちゃんと探せばいくらでも例は出てくるでしょう。声に出して読むのはかつてはごく当たり前のことだったと言いたいのです。

2023年9月4日

川合康三


(c) Kozo,Kawai 2023

 

 

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