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書道故事成語辞典

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 著者は田中有(ゆう)先生、号は東竹(とうちく)。
 本書発行当時は日展委嘱で、大書家西川寧先生に師事した著名な書家田中東竹(とうちく)で通っていた先生が、『書道故事成語辞典』は本名の田中有で出したいとのことだった。東京教育大学で大学院に進み内野熊一郎先生に師事して中国学をおさめた東竹先生の矜持でもあったろうか。 

 平成13年に本書が発行され、半年ぐらいたったころ東竹先生と雑談に及んだ時、東竹先生の本名を知らないある老書家が東竹先生に語ったという話を聞いた。
「最近、田中有という人が『書道故事成語辞典』という本を出したが、なかなか参考になるね」と。東竹先生は笑顔で話してくれたが、「東竹の名で発行した方がよかったのでは」と発行後ずっと思っていた編集者としての私は複雑な気持であった。
 さて東竹先生が何と返事をしたのか正確には覚えていないが、「はあ、そうですか。私も早速買いましょう」てなことだったと思う。「その田中有は私です」などという無粋なことは言わない。浅草生まれ、浅草育ちの東竹先生はあくまでも洒脱な方なのだ。

 その後も本書の評判が耳に入る。これもあちこちの展覧会で審査員をやっておられた東竹先生の話。
「最近、書道故事成語辞典の名言が作品の題材になっているね。この間も○○展で見たよ」と、うれしそうであった。もちろん墨場必携的な使われ方も、東竹先生の期待するところであった。

 本書には、書が好きな人ならばなるほどと思うような1500の見出しがずらりと並ぶ。(配列の実際は、当サイト[辞典・事典]コーナーの書誌情報を参照)。
 たとえば、

書道例

(本書170頁より)

  大功(たいこう)は拙(せつ)なるが若(ごと)し〔大功若拙〕

 これはもともとは『老子』の語だが、出典の項を見ると王世貞『弇州山人稿』で、「……意態古雅、風韻遒逸(しゅういつ)、所謂る大功は拙なるが若く、書家の上乗なり。」とある。名言が書に応用された例である。 

  楼に登りて下らず〔登楼不下〕 

 これはよく知られる隋の智栄が永欣寺の楼上で真草『千字文』を書いたという故事を言ったことば。句の背景がわかれば素敵な四字熟語に見えてくる。 

 龍天門に跳(おど)り、虎(とら)鳳闕(ほうけつ)に臥す 〔龍跳天門、虎臥鳳闕〕 

 これはまともに王羲之を礼讃した梁の武帝の句。字面を見ると作品として書いてみたくなる文句だ。 

 本書に付した「人物小伝(付・出典索引)」も利用価値が大きい。たとえば、欧陽詢が書についてどんなことを言っているか知りたいときに引けば、22ページに『三十六法』から、38ページに『用筆論』から、というように、全部で7箇所に載っている名言が即座に分かる。 

 巻末の「見出し語原文索引」は、墨場必携として見ても面白い。

 さて、日展会員になられていた東竹先生は2011年1月29日に突然お亡くなりになってしまった。そのころ大修館書店書道部の不肖の弟子たちが月に一度東竹先生にお越しいただいて書を教わっていたのだが、これはまあ今思い出しても生徒にとって何と贅沢な書道教室であったろうか。東竹先生に感謝、感謝あるのみである。(玉木輝一)


関連書情報
 大修館書店 編/田中東竹、小川博章 書 『楷行草 筆順字典』(2014年12月刊)

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