以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0494
「塩」は海水から作るのに、どうして「土へん」が付いているのですか?
A
漢和辞典を眺めていると、ときどき、びっくりするような部首に出会うことがあります。「鹵」もその1つで、たいていの人にとっては、名前もわからなければ、どんな漢字に使われるのかもわからない、謎の部首でしょう。
この「鹵」は、単体では音読みでロと読むのですが、袋に包んだ岩塩の象形文字だと言われています。岩塩(がんえん)というのは、塩が固まって岩のようになって地面の中に眠っているもので、日本のような島国ではあまり採れませんが、中国のような大陸ではけっこうポピュラーだそうです。
この「鹵」を部首とする漢字の代表が、「鹽」です。これまたなにやら難しい漢字ですが、実は、「塩」の旧字体です。11世紀に中国で作られた『集韻(しゅういん)』という字書には、図のように「鹽」の異体字が並んでいて、さらに「世間一般では「塩」とも書く」という記述があります。おそらく、「鹽」はあまりにも書くのが面倒なので、図の一番下のような省略形が生まれ、それがさらに省略されて「塩」となったのでしょう。
さて、「塩」の元の形が「鹽」であり、その部首の「鹵」が岩塩だったとすると、「塩」に「土」が付いている理由も明らかでしょう。海岸線の長さに比して、陸地の面積が広い中国大陸では、海水から作る塩よりも、岩塩の方が重要性が高かったのでしょう。紀元前221年、秦(しん)という王朝が史上始めて中国大陸を統一できた背景には、岩塩の産地を支配したことがあった、という研究もあるくらいです。
つまり、「鹽」や「塩」は、その字形の中に中国の塩事情を反映しているわけです。漢字というのは、単に意味や読み方を表しているだけでなく、実にさまざまな情報を、私たちに教えてくれるのです。