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漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0330
「逍遥」という熟語は、ふつう「逍」は「2点しんにょう」、「遥」は「1点しんにょう」で書かれるみたいですが、どうしてどちらかに統一しないのですか?

A

この種の問題は、例によって話がややこしくなりますから、覚悟してください。
「逍遥(しょうよう)」とは、「散歩する」といった意味の熟語で、明治の文学者・坪内逍遥の号にも使われていますから、比較的有名なことばでしょう。この熟語は本来、「逍遙」と書かれるのが普通でした。
「逍遥」と「逍遙」の違う点は、「遥」と「遙」です。実はこの2文字は異体字の関係にあります。つまり、意味も発音も一緒なので、基本的にはどちらを使ってもよいのです。それならば、昔どおりに「逍遙」と書く方が「2点しんにょう」でそろって気持ちがいいのですが、にもかかわらず「逍遥」と書かれることがあるのには、理由があります。
現代日本で字体の基準になっているのは、まず一番に『常用漢字表』です。しかし、常用漢字でない漢字については、特に決まりがないのです。そこで、古くから字体の基準とされてきた『康熙字典(こうきじてん)』の字体を、そのまま用いることが多いのです。
「しんにょう」について具体的に説明しますと、『常用漢字表』ではすべて「1点しんにょう」になっています。しかし、『康熙字典』ではすべて「2点しんにょう」です。そこで、同じ「しんにょう」を部首として持ちながら、片方は常用漢字、片方はそうでない、という2文字が並んで出てくると、「1点しんにょう」と「2点しんにょう」が混在することになってしまうのです。
そこで問題の「逍遙」ですが、「逍」の字も「遥」の字も常用漢字ではありません。ですから、そのまま「逍遙」と書いておけばよいように思えます。しかし、ここでこの問題に新しい要素が加わります。それは、「遙」は1981年に人名用漢字に採用され、その際、字体が「遥」に変更された、とういうことです。
人名用漢字とは、法律に基づいて定められた、常用漢字以外に人名に用いてよい漢字のことです。そこで、これを常用漢字に準ずるものであると考えて、人名用漢字に入っている漢字については、戸籍法施行規則に載っている人名用漢字の字体を基準とする、という立場がありうるのです。
033001人名用漢字を字体の基準として採用することの正否は、議論のあるところです。その詳細については省略しますが、多くの漢和辞典や国語辞典は、人名用漢字を字体の基準として採用してきました。その結果、1981年以降、「逍遥」という書き表し方が定着するようになってきたのです。
ところが、2004年9月、人名用漢字が改定されるにあたって、「遥」と並んで「遙」も人名用漢字に採用されたのですから、辞典編集者はたまりません。しかもごていねいに、図のようにハイフンまで付けたりして!
この改定で、人名用漢字は、字体の基準であることを辞退してしまったのです。人名用漢字に入っているから「遥」、という理由付けは、崩れ去ってしまったのです。
今後、「逍遥」と「逍遙」については、なりゆきを見守っていく必要があると思われます。

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