以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0505
「魚へん」に「◎」を書いて「ちくわ」と読む、という話を聞いたことがありますが、これは漢字ですか? それとも単なる嘘字ですか?
A
むずかしいお話ですよね、これは。
嘘字については、Q0212で取り上げましたので、そちらをご覧いただくとして、むずかしいのは、嘘字と本当の漢字との境界線は、いったいどこにあるのか、という点です。
文字とは、コミュニケーションの道具です。書き手の側が、「魚へん」に「◎」と書いて「ちくわ」だと思っていても、読み手がそれを理解できなければ、意味がありません。この観点からすると、多くの人に正しく読んでもらう、ということを期待できそうにないこの「ちくわ」は、文字ではない、つまり漢字でも国字でもない、ということになりそうです。
でも、よく考えてみると、多くの人が正しくは読めない漢字なんて、いくらでもありそうです。極端な例を挙げれば、小社『大漢和辞典』に載っている図のような漢字たちは、コミュニケーションの道具としては落第だと言わざるを得ないでしょう。
これは、小社としては困った事態であります。そこで、辞書に載っている漢字は全て漢字だ、と主張をせざるを得なくなります。実際のところ、『大漢和辞典』に収録されている漢字は、過去に作られた辞書に載っているものばかりです。自分で申し上げるのもなんですが、この主張にも、それなりのスジがあるわけです。
では、「魚へん」に「◎」を載せている辞書があるかというと、現在のところ、『今昔文字鏡』というソフトが載せているくらいで、紙の辞書に載っているという話を聞いたことはありません。この意味でも、この「ちくわ」は、文字ではないと考えておくのがよさそうです。
ひょっとすると、何年も何十年も先、『大漢和辞典』の改訂版が発行されたとき、これが「漢字」として収録されているような未来が、ないとも限りませんが……。