以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0428
「しょうゆ」を漢字で書くと「醤油」ですが、「正油」と書くことはありませんか?
A
中田祝夫『日本の漢字』(日本語の世界4、中央公論社、1982年。現在は中公文庫)に、「正油あります」と書いてある張り紙を見てびっくりした、という話が載っています。この本が書かれた1980年代の初めには、「正油」という書き方が存在していたわけですが、国語学者が見て「びっくり」するようなものでもあったのでしょう。
この経験から、中田先生は「はたして日本人の何パーセントが「醤」の字の意味を理解しているだろうか」とお考えになり、次のように記されています。
「醤」の字義が判らないとなると、「醤油」という文字は、ただ「酢」「酒」「ビール」などと区別するための綴字ということになる。だが、「しょうゆ」を他の食品や調味料と区別するための綴字ということだけなら、人びとは何もこんな難しい「醤油」の綴字を使わなくても区別できるという考えに到達するはずである。そこで、判りさえすればよいので、「正油あります」というふうなビラができたりする。
それから10年ほどが過ぎた1993年、ちょっと話題になったキッコーマンのコマーシャルがありました。女優の安田成美さん扮する妻が、パックの「しょうゆ」を小瓶に移し換えながら、ふと、夫に向かって「ねえ、「しょうゆ」って漢字、書ける?」と尋ねるコマーシャルです。
ここでどう答えるのが、夫としては正解なのか?おそらく、何も言わずに妻を抱きしめる、というのが最高なのでしょうが、まかり間違って「正油」と答えてしまったとしたら、雰囲気はぶち壊し。三くだり半を突きつけられても文句は言えないかもしれません。つまり、「判りさえすればよい」ではすまされない場面も、人生には多々あるというわけです。
それからさらに10年以上が過ぎ、現在では、スーパーのチラシやラーメン店の看板などに、「正油」という書き方がよく見られるようになりました。男女を問わず、「醤油」が書ける人はますます少なくなりつつあるのでしょうか。
もっとも、漢字が書けることと異性に対する魅力があることとは、全く別の能力であるとは思いますが……。