以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0358
「和」や「熟」と書いて「にき」と読むことがあるそうですが、これはどんな使われ方をするのでしょうか。
A
大きな国語辞典で「にき」を引いてみますと、「にぎ」ともいう接頭語で、細かい・穏やかな・熟した、といった意味を添えることばだ、という説明が出ています。たしかに、漢字では「和」や「熟」と書くともありますが、現在の私たちの生活の中では、この「にき」を使うことはあまりありません。
「和」と書いて「にき」「にぎ」と読む例としては、「和魂(和御魂)」があります。「にきたま」「にぎたま」「にきみたま」「にぎみたま」などと読むこのことばは、「荒魂(あらたま)」の反対語で、穏和な霊魂のことです。と申し上げても、ふんふん、あのニギミタマね、と納得してくださる方は、あまりいらっしゃらないでしょうね。
でも、「にき」が変化して生まれた「にこ」だと、ちょっとは親しみがありそうです。「和毛」と書いて「にこげ」と読みます。「にこげ」とは、柔らかい毛。本来であれば、柔らかい毛であればなんでもいいのですが、どうも女性のうぶ毛を表すことが多いようで、世の男性諸君にしてみれば、ちょっとセクシーな想像をしてしまうことばです。
以上は「和」の例ですが、「熟」の方で有名なのは、「熟田津」でしょう。これは、愛媛県の道後温泉のあたりに昔あった港の名前で、『万葉集』のヒロイン、額田王(ぬかたのおおきみ)の次の歌で名高い土地です。
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でなこの港が現在のどこにあたるのかは諸説あって定まらないそうですが、「熟した田」ですから、額田王の時代、そのあたりには美しいたんぼが広がって、秋にはたわわに実った稲穂が頭を垂れていたのでしょうか。
地名の漢字は当て字であることが多いので、あまりまじめに考えない方がいいのですが、そんな田園風景の中に古代の美女を立たせてみるのも、漢字がもたらしてくれる楽しい想像といえるでしょう。