以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0209
「脊椎(せきつい)」は背骨のことですが、体の一部なのに「椎」が「木」へんなのはどうしてですか?
A
『大漢和辞典』で「椎」の字を調べますと、まず出てくる意味は、ものを打つ道具としての「つち」です。他の漢和辞典を調べても、この字の基本的な意味はだいたい同じで、この漢字は元来、おそらく木製の「つち」を表す文字だったと思われます。ただし、私たちが「きづち」や「かなづち」と聞いて思い浮かべるT字型をしたものとはちょっと違って、その頭の部分に横向きに付いている、円筒形をしたものだけを指していたようです。
しかし、この漢字が木製のものだけを表していた時代は意外に短く、紀元前1世紀ごろに書かれた『史記』という歴史書には、「鉄椎」ということばが出てきます。「鉄でできた木製のつち」というのもヘンな話ですから、このころにはすでに「椎」は、細長い円筒形をしていてものを打つのに用いられる道具を表す、一般的な漢字となっていたのでしょう。それは現在の私たちが、スチール製であっても「棚」と表現したり、プラスチック製であっても「筒」と書いたりするのと同じことだと思われます。
さて、『大漢和辞典』に戻りますと、「椎」を背骨の意味で用いる例は、中国医学の古典の1つ『黄帝素問(こうていそもん)』にすでに例があるようです。この書の作られた年代ははっきりしませんが、おそらく紀元前1~2世紀ごろです。「椎」に似ているということで用いられたのでしょう。このころには「椎」は木製、という意識がなくなっていたとすると、体の一部を表す漢字として用いられたとしても、それほどおかなしな話ではないように思います。
「木」へんだからといって木製とは限らないし、体の一部だからといって「にくづき」とは限らない。そんな不完全さは、漢字が不完全なる人間によって使われてきたことの証ではないでしょうか。