以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0511
「明」をメイと読むのを、漢音ではなく慣用音としている辞書もあるようですが、どうしてそんなことが起こるのですか?
A
たしかに、そういう辞書もありますね。私がいくつか調べてみたところでは、たとえば服部宇之吉・小柳司気太『詳解漢和大字典』(1916初版)や、栄田猛猪ほか編『大字典』(1917年初版)といった、戦前を代表する漢和辞典でも、メイは慣用音とされています。
図は、『大字典』の「明」の部分。わざと紙の色が残るようにスキャンしてみたのですが、なかなかクラッシックな雰囲気がするでしょう?それはともかく、ここでは「明」の漢音はベイとなっています。
さて、漢音とは、8世紀ごろ、中国の都、長安で話されていた中国語の発音が元になって出来た音読みだとされています。ただし、タイムマシーンがあるわけでなし、実際に当時の発音を聞いたことがある人はいないはず。残されたさまざまな資料から推定されているにすぎず、それに基づくという漢音も、学説によって変わってくるものなのです。
そんな学説の1つに、「呉音でナ行・マ行で始まる音は、漢音ではダ行・バ行で始まる」というものがあります。これに従うと、「明」の呉音はマ行で始まるミョウなので、漢音はバ行で始まらなくてはならないことになります。これが、この漢字の漢音がベイとされる根拠です。
ところが、研究が進んでくると、この学説に例外があることがわかってきました。呉音でナ行・マ行で始まる場合でも、ウ・イ・ンで終わる場合には、漢音でもナ行・マ行のままとする方が、当時の長安の発音に近いらしいのです。「明」の呉音はミョウでウで終わりますから、漢音はマ行のままでよく、メイの方が正しい、ということになるのです。
この学説が一般的になったのは、1950年代以降のことだそうです。古い漢和辞典で「明」の漢音をベイとしているのには、こういう事情があるのです。
呉音や漢音などという分類は、実際に日本語の中で使われている音読みを、後から学問的に分類してみたに過ぎません。メイという音読みがあるのはれっきとした事実。それをどう分類するかが、学説によって変化してくるだけのことなのです。