当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0365
芥川竜之介の「蜘蛛の糸」の主人公、カンダタのカンは、「牛」へんに「建」と書きますが、この漢字にはどんな意味があるのですか?

A

036501図のような漢字ですね。この漢字の後に「陀多」と書いて、3文字でカンダタと読むのが、「蜘蛛の糸」の主人公の名前です。
早速、小社『大漢和辞典』を調べてみますと、まず最初に「きんきりうし」と書いてありました。なんのことか、聞き慣れないことばですが、要するに「去勢された牛」のこと。世の男性陣にとって、「きんきり」とは、それなりに痛みを伴う表現であります。
この漢字は、「去勢された牛」以外にも、「去勢する」とか「獣の名」といった意味で使われるようですが、実際の使用例はそれほど多くはないようです。ただ、それとは別に重要なのは、この漢字が、主に仏教の世界で、インドのサンスクリット語でカンと発音するような語を音訳するときにしばしば用いられた、ということです。
私たちにとって、多少でもなじみのある例を挙げれば、ある年代の人々にとってはゴダイゴのヒット曲で有名な、最近ではタリバンに破壊された石仏との関係で有名な、ガンダーラという地名があります。現在のパキスタンからアフガニスタンにかけての地名です。このガンダーラを音訳するときに、この漢字の後に「陀羅」を続けて表すことがあったようです。
さて、芥川竜之介の「蜘蛛の糸」は、もともとポール・ケーラスというアメリカ人が書いた「カルマ」という本に出てくるお話を翻案したものだとされています。もっとも、直接の翻案ではなく、芥川が直接のタネ本にしたのは、1898(明治31)年に鈴木大拙(だいせつ)が「因果の小車」という題で翻訳したものだそうです。
この「因果の小車」では、カンダタの名前はすでに「蜘蛛の糸」と同じ漢字を使って書き表されています。おそらく、仏教学者であった鈴木大拙が、原書を翻訳するときに、カンダタのカンに、この漢字をあてたものでしょう。そのときの大拙の頭の中には、ガンダーラのことがあったのかもしれません。

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