以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0329
「ファックス送信ヒョウ」の「ヒョウ」は、「表」ですか、それとも「票」ですか?
A
『三国志』最大のヒーローといえば、やはり諸葛孔明(しょかつこうめい)でしょう。3世紀、中国大陸に並び立った三つの国の争いの中で、一番弱小な蜀(しょく)の国の命運を一身に背負い、最後は志半ばにしてその生涯を閉じる彼の姿は、判官びいきの日本人には、強く訴えるものがあるようです。
その彼が、出陣に際して蜀の皇帝に差し出した文章として有名なのが「出師(すいし)の表」です。かつては、「これを読んで泣かぬ者は忠臣ではない」とまで言われた名文ですが、「忠臣」という概念が希薄化している現代の三国志ファンは、どんな思いで「出師の表」を読んでいるのでしょうか。
ところで、この「出師の表」の「表」とはいったい何なのでしょうか。漢和辞典を調べると、「臣下が君主に差し上げる文章」のことを「表」というのだ、というような説明があります。臣下がその内なる思いを外にはっきりと表すのが、「表」だというのです。
このように、「表」という漢字は、基本的な意味として「おもて」「はっきりあらわす」という意味を持っています。私たちが現在、「図表」というようなことばで用いるあの「表」も、複雑なものをわかりやすく整理して表すもの、という意味で、この基本的な意味の延長線上にあるわけです。
これに対して「票」の方は、図の篆文(てんぶん)を見るとわかるように、昔は「示」の部分が「火」になっていて、本来は「火の粉が舞うようす」を意味していました。これが「ひらひらと舞うもの」という意味に変化し、さらに「うすっぺらいもの」を意味するようになったといわれています。紙切れとか木の札など、うすっぺらいものを「票」というのです。
以上から考えますと、「表」は、「わかりにくいものをはっきりと」という、いわば内容に重点を置いた意味を持っているのに対し、「票」の方は、「うすっぺらい」という、いわば外見に重点を置いた意味を持っている、と言えそうです。
さて、そこで問題の「ファックス送信ヒョウ」ですが、これはふつうは「票」を使います。その後に続く何枚かのファックス用紙の一番上に置かれるべき、「うすっぺらい」1枚の紙、とでもいう意味なのでしょう。
ちなみに、「出師の表」と同じような意味での使われ方をする「表」として、私たちにも親しいものに「辞表」があります。「辞めます」という内なる思いを、上司に向かってはっきりとあらわすものだから、「辞表」なのです。別に、辞める理由を表形式でまとめてあるわけではないのです。