以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0287
「虎」はもともと日本にはいなかった動物なのに、訓読みで「とら」と読むのはどうしてですか?
A
訓読みとは本来、ある漢字が表す中国語としての意味を、日本語に置き換えたものです。とすれば、日本には存在しないものには日本語としての名前はないはずですから、訓読みがあるはずはありません。なかなか鋭いご指摘です。
しかし、冷静になって考えてみると、「日本には存在しないものには日本語としての名前はないはずだ」という論理には、穴がないでもありません。戦国時代の武将・加藤清正(かとうきよまさ)の虎退治の話で有名なように、朝鮮半島に渡れば、昔からトラはいます。そして、日本列島と朝鮮半島との間には、古来、人の行き来がありました。「海を渡ると恐ろしい動物がいるらしい」ということを、はるか昔の日本列島の住民が知っていた可能性は高いですし、交易品として、トラの毛皮などがもたらされていた可能性もあるでしょう。とすると、漢字の「虎」が日本に入ってくるより前に、日本語の中に「虎」を意味することばがすでに存在していたとしても、不思議なことではありません。
日本語の「とら」の語源には、いくつかの説があるようですが、その中の1つとして、古い朝鮮半島のことばが元になっているのではないか、というものがあるそうです。以上のような事情を考えると、そう推測したくなるのも、もっともです。そして、この説が正しいとすると、訓読みの中には、実は外国語起源のものがあるということになります。ことばの世界は、奥が深いのです。