以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0279
昔、「北勝海(ほくとうみ)」と読む横綱がいましたが、「勝」を「と」と読めるのですか?
A
いましたねえ、横綱北勝海。かの大横綱千代の富士の弟弟子で、史上初の同部屋横綱による優勝決定戦なんて、よく覚えています。
さて、「北勝」と書いて「ほくと」あるいは「ほくとう」と読む四股名(しこな)は、別に「北勝海」の専売特許ではなくて、現在でも、「北勝力(ほくとうりき)」を始め、「北勝岩(ほくといわ)」「北勝城(ほくとじょう)」「北勝嵐(ほくとあらし)」など、調べてみるとたくさんあるようです。
そこで、ご質問の「勝」で「と」と読めるのか、という問題ですが、調べてみると、少なくとも「勝」を「とう」と読むのは、かなり由緒正しい読み方なのです。
というのは、「勝」には古くは、「たふ」という訓読みがあったからです。「たふ」とは「たえる」の古語で、「我慢する」「こらえる」という意味です。現在では「耐」という漢字を使うのがふつうですが、「たえる」ことは最終的には「勝つ」ことにつながりますから、「勝」に「たえる」という訓読みがあっても、そんなにびっくりするようなことではありません。
ところで、古語の「はひふへほ」は、現代語では「わいうえお」に変化することがあることは、ご存じの方も多いでしょう。とすると、「たふ」は「たう」となります。さらに、古語で-auと発音するものは、現代語では-ouという発音に変化することがあるのです。そこで、「たう」は「とう」と変化することになるわけで、ここに「勝」を「とう」と読むことができることが、証明できるのです。
相撲の四股名で、「勝」を「と」「とう」と読むことがあるのは、おそらくこのことに基づいているのだと思われます。こんなところにも、漢字の訓読みのしくみと、日本語の音韻の変化とが現れているのです。