以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0215
「食物」ということばは、いつごろからショクモツと発音されているのでしょうか?
A
私たちの生活に密着したことばは、よく考えてみると意外に難しい問題を含んでいることが多いものです。「食物」もふだん、なんのためらいもなしにショクモツと読んでいますが、よく考えてみると不思議なところのあることばです。
このご質問も、漢音と呉音、そして慣用音に関する問題です。漢和辞典を調べると、「食」「物」の音読みの種別は、右のようになっています(ただし、モツを慣用音とするか呉音とするかは異説があるようです)。ですから、「食物」を普通に漢音読みすれば、ショクブツが正しいことになります。呉音読みすればジキモチ、あるいはジキモツが正しいことになります。
このことばの読み方については、いつもお世話になっている小学館『日本国語大辞典』(第二版)の「しょくもつ【食物】」の項に、考察が載っています。それによると、このことばは古くから文献に見られるものの、その読み方ははっきりせず、室町時代末期の『日葡辞書』(にっぽじしょ)に出ているジキモツの形が一番古いのではないか、と推測されているようです。しかし、同じ『日葡辞書』にショクモツという読みも見られることから、このころにはすでに両者が併存していたことがわかります。それが江戸時代に入ると、ショクモツの方が圧倒的に多くなっていくとのことです。
なぜこのような変化が起きたのかはわかりませんが、一般には、呉音から漢音へという変化の傾向がありますから、「食物」も、ジキモツからショクブツへと変化すべきだったのでしょう。ショクブツと聞いてすぐに思い出すのは、「植物」です。両者が同じ発音だと、ショクブツ持ち込み禁止、と耳にしても、「植物」なのか「食物」なのかわからなくて困ってしまいます。「植物」ということばも近世から用例が増えてくるようですから、もしかすると、そんなこともあって、「食物」はショクモツとなってしまったのかもしれませんね。