以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0155
昔の漢和辞典を見ると、「門」の右下ははねないとか、「蝮(まむし)」の「夂」の部分が「夊」のように突き出ているとか、今の漢和辞典と違うこだわりがあるような気がするのですが、どうしてですか?
A
日本の漢和辞典の字形は、基本的に中国の『康熙字典(こうきじてん)』をモデルとしています。そのことについては今も昔も変わらないのですが、現在の漢和辞典は、この他に『常用漢字表』の字体もモデルにしていることが、昔の漢和辞典との違いです。
この2つのモデルの間には、しばしば、字体の違いがあります。たとえば『康熙字典』で「廣」となっている字が、『常用漢字表』では「広」となっている、といった具合です。このような場合、漢和辞典の世界では、前者を旧字体、後者を新字体として表示するのが一般的です。
ところが、この両者の違いが非常に微細であるケースがあります。ご質問の「門」の字形は、『康熙字典』では図のように右下がはねていないのですが、『常用漢字表』では、右下がはねています。そこで、これも前者を旧字体、後者を新字体として扱うのが、スジというものでしょう。実際、そのようにしている漢和辞典もないわけではありません。
しかし、これを推し進めていくと、「門」を含む漢字で常用漢字になっているものはすべて新旧両字体が存在することになり、漢字の数が膨大になってしまいます。また、常用漢字に入っていない漢字との釣り合いも取れません。そもそもこの差異が、表意文字としての漢字にとってそれほど重大だとも思えません。そこで、この程度の微細な差異に関しては、無視してしまうケースが多いのです。
あるいはまた、微細ではあるが重要だ、というケースもあります。ご質問の「蝮」に含まれる「夂」の場合、「夂」と「夊」は本来、音読みも意味も違う別の字です。そこで、微細な差異ではあるものの、漢和辞典でもこの2つを区別していることが多いのです。たとえば「夏」の字の場合、『康熙字典』では「夊」の形、『常用漢字表』では「夂」の形をしています。そこで、前者を旧字体、後者を旧字体として扱うことになるのです。
しかし、これも推し進めていくと、「門」と同様の理由で、たいへんなことになります。そこで、小社の学習漢和辞典『新漢語林』では、この場合、「夊」を部首として持つ「夏」などの代表的な字に限ってこの差異にこだわることにし、それ意外では無視することにしています。その結果として、「蝮」の場合には、本来は「夊」であるにもかかわらず、「夂」の形にしてしまっているのです。
このように、漢和辞典の字体は、細かい部分に目を凝らしていくと、実はけっこういい加減であることが多いのです。複数の漢和辞典を比べてみたりすると、編集者のいい加減さの度合いや、興味・関心の方向がわかっておもしろいかもしれません。
でも、編集者の側から言わせていただくと、そういうチェックをあんまりされると、いろいろボロが出てしまって困る、というのが本音でもあるのですが……。