以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0397
「蛸」には「虫へん」が付いていますが、どうして「魚へん」ではないのですか?
A
私たちがふだん「虫」と呼んでいる生き物は、主に昆虫ですから、8本の足をぐにゃぐにゃさせながら、海の中を泳ぎ回っているタコとは、だいぶ違います。しかし、そもそも昆虫なるものをひとまとまりの生き物として捉える考え方は、ヨーロッパの自然科学によってもたらされたものです。古代中国の人々にとっては、そんな分類は知る由もないのです。
そのことを頭に置いて「虫へん」の漢字を眺めてみると、ずいぶんといろいろなものが混じっていることが分かります。「蚊(カ)」とか「蝶(チョウ)」「蟋蟀(コオロギ)」なんていうのは、現在の分類でも昆虫ですから問題はありませんが、「蛇(ヘビ)」「蝮(マムシ)」になると、ハチュウ類であって昆虫ではありません。とはいえ、ハチュウ類を漢字で書くと爬虫類ですから、彼らも立派な「虫」なのです。その証拠に、「蛙(カエル)」や「蟇(ヒキガエル)」も「虫へん」の仲間です。
それだけではありません。「蝙蝠(コウモリ)」なんていうのは、ホ乳類でありながら堂々と「虫へん」です。「田螺(タニシ)」や「牡蠣(カキ)」なんていう貝類からのノミネートもあります。「蛯・蝦(エビ)」「蟹(カニ)」は、甲殻類から「虫へん」入り。こうなってくると、もう、「蛸」が「虫へん」であっても、何の不思議もないでしょう。漢字を生み出した人々は、これらすべてをひっくるめて「虫」だと考えていたのでしょう。
私たちのものの見方には、知らず知らずのうちに、ある一定の枠がはまっていることが多いものです。「蝶(チョウ)」は虫だけれど「蛸(タコ)」は虫じゃない、なんていうのもその1つ。ヨーロッパの自然科学の考え方に従っているにすぎません。それはそれで、重要なものの見方ではありますが、唯一絶対のものではないはずです。
漢字は、自然科学が発達するずっと以前に、人々がどのようにものを見ていたのかを、今に伝えてくれる道具でもあるのです。