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漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0344
「面子(メンツ)」という熟語が、江戸時代を舞台にした時代小説に出てきたのですが、そのころからこの熟語は日本語にあったのですか?

A

「面子」という熟語を、読みの面から検討してみると、すぐに気がつくのは、「子」をツと読んでいることです。みなさんご存じのとおり、「子」の一般的な音読みはシです。まれに、唐音と呼ばれる特殊な読み方がなされることがありますが、その場合も、「様子」のようにスと読むか、それが濁って「杏子」のようにズと読むだけで、ツと読むのは極めて珍しいのです。
「子」の現代中国語(北京語)での発音は、日本語として書き表すとすればツにかなり近い音になります。そこで、「子」をツと読む読み方は、かなり新しい時代の中国語に基づいていると思われます。
一方、「面子」ということばそのものを、小学館の『日本国語大辞典』で調べてみますと、そこに挙げられている用例のうち一番古いものは、1943(昭和18)年のものです。これ以前に「面子」という日本語がなかったわけではないでしょうが、江戸時代から存在したのであれば、もう少し古く、たとえば明治あたりの用例が、『日本国語大辞典』の編集者の目に止まっていてもおかしくありません。
以上から考えると、江戸時代を舞台にした時代小説の中で、登場人物が「面子(メンツ)にかかわる!」などと叫んでいるとすれば、それは、あり得ない話ではありませんが、極めてなさそうな話である、と言うことができるでしょう。江戸時代も長いですから、その終わりの方ならあり得ない話ではないかもしれませんが、それも、可能性としてはかなり低いのではないでしょうか。
ただし、中国語としての「面子」は、昔から使われていたことばです。『大漢和辞典』には10世紀の中頃に書かれた『旧唐書(くとうじょ)』という本に、このことばが出ているという記述があります。この本は日本でも読まれていたはずですから、おそらく日本の漢学者たちは「面子」をメンシと発音していたのでしょう。従って、江戸時代を舞台にした時代小説の中で、お侍さんが「面子(メンシ)」と発音しているのであれば、これは十分にあり得ることになります。

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