以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0050
『般若心経(はんにゃしんきょう)』の中に「咒」という字が出てきますが、「呪」とこの字とには、何か意味の違いがあるのですか?
A
「呪」という漢字は、紀元1世紀に書かれた中国最古の字書、漢字学のバイブル『説文解字(せつもんかいじ)』にも出てこない漢字で、「呪われた漢字」というほどではないにしろ、ちょっとミステリアスな漢字です。その由来については、例によって諸説あるようですが、もとは「祝」という漢字と同源であったようです。本来は、神様に向かってなにか申し上げるような、そんな意味らしいのです。
一方、「咒」の方は、一般に漢和辞典では「呪」の異体字、と説明されています。『般若心経』では、梵語(ぼんご)「マントラ」の訳語として使われています。「マントラ」とは、「宗教的儀式に用いられる神歌」のことだそうですから(このあたりは、岩波文庫の中村元先生の注によります)、意味からすると、「呪」と同じと見て問題ないでしょう。
ちなみに、中国の明(みん)王朝の時代に編纂された『正字通(せいじつう)』という字書では、この両字について、「昔は『咒』と書き、俗に『呪』と書いた、と説明する本もあるが、形が少々違っても意味は同じなのだから、その説は採らない」というような意味の記述があります。
これらからしますと、「咒」と「呪」は、意味上の違いは全くないと見てよいでしょう。