当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0049
「考拠」という熟語は「ある事をよりどころとして考えること」という意味だそうですが、「事実を考拠する」という場合、「事実」を「よりどころ」として考えるのでしょうか。それとも、なにかを「よりどころ」として「事実」を考察するのでしょうか。

A

この熟語は、『大漢和辞典』や『日本国語大辞典』(第2版、小学館)、『広辞苑』(第5版、岩波書店)など、種々の辞典に載ってはいるのですが、意味としては、「考えの根拠」となっていて、ご質問にある「考拠する」という動詞形での解説はありません。
動詞としての解説があるのは、『大辞林』(第2版、三省堂)で、意味は「ある事をよりどころとして考えること」となっています。用例として幕末維新の戯作者・仮名垣魯文(かながきろぶん)の『西洋道中膝栗毛(せいようどうちゅうひざくりげ)』から、「事実を考拠せんも」が挙がっていますが、これだけでは、残念ながら、ご質問にお答えするだけの情報は得られません。
そこで、『西洋道中膝栗毛』を実際に見てみましょう。この作品は、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の弥次さん喜多さんの孫が、ロンドンの万国博覧会の見物に出かけるという、かの「ルパン三世」の遠い祖先にあたりそうな作品。問題のシーンは、第七編の冒頭、アラビア半島南端の「アデン」の描写にまつわる部分です。
魯文は、自分は一度も海外へ出たことがなく、資料のみにたよってこの作品を書いているのですが、アデンに関して、福沢諭吉『西洋旅案内』と、『新刻輿地誌略(しんこくよちしりゃく)』のあいだに記述の相違があることにとまどいを感じたらしく、次のように記しています。

「僕(やつがれ)、当地の情景を綴るにおよびて、この一事に疑惑(まどひ)しが、児戯の小冊、敢(あへ)て事実を考据せんも、所謂椽(えん)の下のちから持、労して功なしとおもふものから、両書の中庸を取て、能加減(いいかげん)にごまかす事、左の如し。」(「据」は「拠」と同じ。)

どうやら魯文は、『西洋旅案内』と『新刻輿地誌略』の2つを「よりどころ」として「事実」がどうなっているかを検討してもしかたがない、と言っているようです。これによる限りでは、なにかを「よりどころ」として「事実」を考察するのではないでしょうか。

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