以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0472
「姫」の旧字体の右側は、「頤」の左側の形の場合と、「熙」の左上の形の場合とがあるようですが、どちらが正しいのですか?
A
微妙な字形の問題なので、まずは図で確認しておきましょう。「頤」の左側の形の場合とは、図の左側の漢字、「熙」の左上の形の場合とは、右側の漢字となります。
さて、たまには結論から申し上げるとすれば、「姫」の旧字体としては、図の左側の漢字の方が「正しい」ということになります。おそらく、種々の漢和辞典を調べてみても、右側を挙げているものはほとんどないのではないかと思われます。
ところで、「熙」を漢和辞典で調べてみると、旧字体は「煕」だと載っています。とすると、本来同じ形をしていたものが、「姫」と「熙」とでは違う形になって新字体に採用されたことになります。ここには、ちょっとややこしい事情があります。
上図の左側の漢字(「姫」の旧字体とされるもの)と「姫」とは、本来は別々の漢字でした。私たちが現在、音読みでキ、訓読みで「ひめ」として何の疑いもなく使っている「姫」という字は、本来は音読みでシン、訓読みするなら「つつしむ」となる漢字だったのです。
ただし、この「姫=つつしむ」の本来の用法はあまり用いられなかったらしく、遅くとも5世紀ごろには、すでに上図の左側の漢字の略字として「姫」を用いる用法が現れています。この2つの漢字が異体字の関係となるのはそれ以後で、おなじみの新字体の「姫=ひめ」という用法は、そこに由来しているのです。
一方、「熙」の方は、1991年に人名用漢字に加えられた際に初めて新字体が制定された漢字です。この漢字も、いろいろな形の略字体があったようです。なにしろ使用頻度の高くない漢字ですから、略字も安定しなかったのでしょう。その中から、人名用漢字に入る際に選ばれたのは、「熙」でした。「姫」との歴史的な経緯の差が、新字体の上での字形の差となって現れているといえるでしょう。
元は同じ形なのに、不統一といえば不統一です。でも、漢字の世界には、こういうことは時々あります。元は同じといっても、別々の漢字の一部分になってしまえば、後はそれぞれにそれぞれの運命が待っている。当たり前のことではありますが、なにやら意味深な気もいたしますね。