以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0514
「異体字」とは、読み方も意味も同じで形だけが違う漢字のことを言うようですが、だとすると、異体字同士は置き換えてもかまわないのでしょうか?
A
これはなかなかむずかしく、また厄介なご質問ですよ。
読み方も意味も同じなのですから、正字と異体字や、異体字同士の関係にある漢字は、原則的には置き換えが可能のはずです。たとえば、「峰」と「峯」は異体字の関係にありますが、どちらも「みね」を表していることには違いがありません。そこで、「雲の峰」と書いても「雲の峯」と書いても、どちらも同じことを表現しているはずです。
しかし、世の中、そう単純にはまいりません。漢字にはそれぞれ、イメージのようなものがこびりついていて、同じことを表しているはずなのに、言ってみるならばニュアンスのようなレベルで、微妙な違いを持っていることがあるのです。
たとえば、「杯」と「盃」は異体字の関係にあって、どちらも「さかずき」を表していますが、人によっては、「杯」でなければお酒を飲んだ気がしないとか、あるいはその逆だ、と言う人もいることでしょう。また、「嬢」と「娘」も本来は異体字の関係にある漢字ですが、かりに「お娘さん」と書いたとしたら、あまりセレブな感じがしないわね、と言われてしまうかもしれません。
このニュアンスの違いが大きくなって、社会全体にもきちんと認識されるようになると、本来、異体字同士であった漢字がたもとを分かつ時がやってきます。「碁」と「棋」は本来、異体字関係にある漢字ですが、現在では「囲碁」と「将棋」として、まったく別の漢字になっています。そういう観点からすると、「嬢」と「娘」などは、分かれる寸前なのかもしれません。
このように、ひとくちに異体字と言っても、その世界は複雑で多様です。そう簡単には一般化を許さない。――それが漢字の世界の困った点であり、また大きな魅力でもあるのです。