以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0417
「万」という漢字は本来、サソリの象形文字だと聞きましたが、どうしてそうなるのですか?
A
「万」という漢字だけ見ていると、これがどうしてサソリなのか、さっぱりわからないでしょう。それもそのはず、「万」をサソリと結びつけるのは、理由がないわけではないのですが、濡れ衣だと言ってもいいほどなのです。
ご承知の方も多いでしょうが、漢和辞典で「万」を調べると、その旧字体として「萬」が載っています。図は、左から、「萬」の甲骨文字・金文・篆文(てんぶん)です。これを眺めると一目瞭然ですね。「萬」が本来表していたのはサソリではない、という説もあるものの、サソリに似た虫であったことには間違いがないでしょう。
古代中国では、その虫の名前が、数字の10000を表すことばと発音が似ていたため、「萬」は10000の意味で用いられるようになりました。こういう用法のことを仮借(かしゃ)と言います。
ここで問題になるのは、「萬」の新字体がなぜ「万」になるなのか、ということです。一見、無関係なこの2つの文字は、どういうふうに結びつくのでしょうか。
「萬」の略字が「万」なのかと思いきや、そうではありません。この2つは、もともと別の漢字だったようです。「万」の成り立ちについては、浮き草を表す漢字だったとか、インドから伝わってきた「卍」という記号だったとか、諸説あります。ただ、いずれにしても、「万」もその発音が、数の10000を表すことばと似ていたため、仮借の用法によって、10000を意味する漢字として使われるようになったとされています。
つまり、「万」も「萬」も仮借の用法によって10000を表すようになり、その結果、10000を表す漢字が2つできてしまった、というわけです。ですから、「万」と「萬」とは、本来は無関係なのです。「万」からしてみると、浮き草気取りでふらふらしていたところへ、偶然乗り合わせた相手が、世界に冠たる毒虫サソリだった、ということになります。
いやはや、なんともおっかないお話。最初に「濡れ衣」と申し上げたのは、こんな事情があったからでした。やっぱり人間、ちゃんと根を張った生き方をした方がよさそうです。