以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0310
「泡沫」と書いて「うたかた」と読むことがありますが、そもそもどのような理由でこう読むようになったのでしょうか?
A
古くからある、いいことばですよね。「美しい日本語」なるものが存在するのだとすれば、こういうことばのことを言うのでしょう。意味としては「水の泡」ですが、なんともはかないイメージが漂います。かつて文学青年だった私としては、森鴎外(もりおうがい)の悲しくも美しい小説、「うたかたの記」を思い出します。
さて、「泡沫」とはホウマツと音読みすることもあるように、もともとは中国製の熟語です。「泡」の訓読みは「あわ」、「沫」も同じく「あわ」を意味する漢字ですから、「泡沫」の意味は「あわあわ」、ではなくて、単純に「あわ」ということになります。
つまり、古代中国語の「泡沫」と、古代日本語の「うたかた」とは同じ意味なのです。そこで、「泡沫」を「うたかた」へと翻訳することが可能だということになります。
訓読みとは、本来、中国語としての漢字を日本語に翻訳したものです。中国語「泡」は日本語「あわ」に翻訳できるから、漢字「泡」を「あわ」と訓読みするというわけです。そこで、「泡沫」が「うたかた」に翻訳できるとなると、「泡沫」の2文字をまとめて「うたかた」と訓読みしてしまおう、ということにもなってきます。
このように、漢字2文字以上をまとめて訓読みすることを、熟字訓(じゅくじくん)と呼んでいます。「熟字」とは「熟語」と同じ意味で、「熟字訓」とはつまり、熟語の訓読みという意味です。
世間一般に「当て字」と呼ばれているものの中には、多くの熟字訓が含まれています。ところが、1946年に当用漢字が制定されたとき、当て字はかな書きにする、という方針が打ち出されました。その結果、熟字訓はあまり用いられなくなってしまったのです。
とはいえ、「泡沫(うたかた)」のように、今でも愛され続けている熟字訓も数多くあります。読み方がむずかしいという難点はありますが、熟字訓には熟字訓のよさもあります。よい部分は、これからも受け継いでいきたいものです。