以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0266
国語の教科書で「叙情詩」ということばが出てきたのですが、辞典を調べると「抒情詩」となっていました。どうしてでしょうか?
A
「叙」という漢字には、いくつかの意味がありますが、「叙情」の場合は「述べる」という意味で使われています。一方、「抒」の方にも同じ「述べる」という意味があります。つまり、「叙情」も「抒情」も、「情を述べる」という意味では全く同じなのです。
そこで、戦後の国語改革の際、当用漢字では「叙」の方だけが採用され、「抒情」は「叙情」と書き換えることになりました。当時は、漢字の数をできるだけ制限しようという考え方が強かったので、似た意味の漢字は1つにまとめられたのです。
その結果、「叙情」が正式な書き方となり、現在発行されている国語辞典を引けば、こちらの方が優先されて載っています。そうすると「叙情詩」と「抒情詩」の場合も同じようになるはずです。事実、教科書などで「叙情詩」を用いているのは、このためです。
ところが、ご指摘のとおり、現実には、「抒情詩」しか載せていない国語辞典もたくさんあるのです。これはいったいどうしてなのでしょうか?
「叙(抒)情詩」と対になることばに「叙事詩」があります。前者は、詩人が自分の思いのたけを述べるのに対して、後者は、歴史的な事件などの「ことがら」を歌い上げるものです。この2つのことばは、明治時代になって西洋から入ってきた詩のジャンル分けの考え方を、翻訳して生まれたものです。
「抒情詩」ということばは「叙事詩」と対になって語られることが多かったため、その漢字の使い方にも、一種のイメージが付与されていったのではないかと思われます。つまり、「抒情詩」を「叙情詩」と書き換えてしまうと、「叙事詩」っぽくなってしまってよろしくない、というわけです。それがとくに、感情をうたう詩というナイーブなジャンルに関わることばであるだけに、「抒情詩」へのこだわりはいっそう強いのではないかと想像されます。
おそらく、現在でも「抒情詩」という書き方にこだわる人が多く、「叙情詩」は載せていない国語辞典があるのは、それが原因なのではないでしょうか。