以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0172
「夷」や「戎」という漢字は、「異民族に対する蔑称」という意味以外に、「七福神のえびす様」という意味でも使いますが、この2つはなにか関係があるのですか?
A
七福神のえびす様を表す漢字はいろいろとあって、「夷」や「戎」のほかにも、「恵比寿」「恵比須」などがあります。たしかに「夷」や「戎」は、漢和辞典で調べると「異民族に対する蔑称」の意味がありますし、「えびす」という日本語を国語辞典で調べても、やはり同様の意味があります。
小社『日本の神仏の辞典』では、「えびす様」の語源について、もともと「異邦人や辺境にある者、あるいは未開の異俗の人々などを意味する言葉と深い関連があったと思われる」としています。同書によると、日本には古くから、そういった人々を蔑視の対象とみなすだけでなく、彼らが望外な幸いをもたらしてくれるという信仰があったというのです。
そこで、海の向こうからやってくる神として、えびす様が、まずは漁民たちの信仰の対象として誕生したのでしょう。現在、私たちがお正月には必ず目にするえびす様が、釣り竿と鯛を持っているというのも、そこに起源があります。そして、それがやがて商売繁盛の神様へと発展していったというわけです。
ことばは生き物ですから、ある1つのことばが、時代とともに意味の分裂を起こすことはよくあります。漢字との関連でいえば、同訓意義と呼ばれることばは、もとは1つのことばであった可能性があります。たとえば「書く」と「掻く」はともに「かく」と読みますが、もともと何かの表面を引っ「掻」いて文字を「書」き記したところから、この2つのことばは起源は同じだとする説があります。
そのように、意味が分裂した結果、漢字も別々になってしまった例はたくさんありますが、「えびす」の場合は、意味が分裂してしまったことばが、逆に漢字によっていまでも結びついている、という興味深い例であるといえるでしょう。