以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0149
小学校5年生の教科書に「熟字訓」が出てくるのですが、「当て字」と「熟字訓」とは、どう違うのですか?
A
本来の漢字の用い方からははずれた用い方をすることを、一般に「当て字」と呼んでいます。漢字はもともと中国語を書き表すために作られた文字ですから、その点からすると、漢字を使って日本語を書き表すこと全体が「当て字」だという人もいます。
しかし、そういった議論は置いておいて、現代日本語の世界で考えたときには、「当て字」には大きく分けて以下の2種類があるのではないかと思います。
1「滅茶苦茶」(めちゃくちゃ)、「倫敦」(ロンドン)などのように、漢字の本来の意味とは関係なく、ある漢字を用いるもの。
2「女」と書いて「ひと」と読ませたり、「運命」と書いて「さだめ」と読ませたりするように、漢字の本来の意味は残しつつ、一般にはあまり用いられない読み方で、ある漢字を用いるもの。
さて、一方の「熟字訓」は、本来、「熟字(=熟語)に対する訓読み」のことです。訓読みとは、中国語としての漢字の意味を日本語で翻訳したものですが、同じ作業を熟語に対して行ったものなのです。結果として、漢字2字以上からなる熟語に対して、日本語1語を当てたものが熟字訓であるということになります。
先に挙げた2の「当て字」のうち、漢字2文字以上から成っているものは、この「熟字訓」ときわめて似た外見をしています。それらのうち、時代とともに認知されていって、比較的多くの人に用いられるようになったものが「熟字訓」だと考えてよいでしょう。
「五月雨」と書いて「さみだれ」と読むのは、元来は「五月の雨」という意味から来た当て字ですが、それが一般性を獲得したとき、「熟字訓」と呼ばれるようになるのです。中でも、一般性が高いと公的に認められているのは、『常用漢字表』の「付表」に挙げられた熟字訓で、これらは「付表の語」などと呼ばれて、国語辞典でも別格扱いをされています。
そこから考えますと、「運命」と書いて「さだめ」と読む、などというのは、演歌にしょっちゅう出てきますから、すでに「熟字訓」としての地位を確立しているのかもしれません。そして、何十年か先のいつか『常用漢字表』が改定されるとき、演歌出身の「付表の語」が採用される、なんてことも……。やっぱり、ありえませんかねえ。