以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。
Q0085
私の名前には「悠」という漢字が含まれているのですが、この字の元々の意味は「動揺する」だと聞いたことがあります。いい名前だと思っていたのに、本当ですか?
A
それはちょっと違うのではないでしょうか?
たしかに、中国古代の漢字の辞書『説文解字(せつもんかいじ)』には、「『悠』は『憂』だ」と書いてあることは事実です。「憂」は、訓読みすれば「うれえる」ですから、「動揺する」といったような意味にならないわけではありません。しかし、調べてみると、「元々は動揺するの意味だ」というのは、現在の学説にはあてはまらないと思われます。
ポイントは、現代の漢和辞典を調べてみると、そのほとんどにおいて、「攸」の本来の意味として、「憂い」「動揺」といった意味は載ってないという点です。「悠」から「心」を取り去った部分であるこの字は、「人の背中に水を注ぎかけて洗う」という意味を表した会意文字だとされているのです。
「攸」の古い字形の1つである金文を掲げておきますが、これを見ると、「人の背中に水を流す」という雰囲気が、少しはつかめるのではないでしょうか。左から「にんべん」は人、縦棒は「水」、「攵」は人が手にひしゃくかなにかを持っている形、というわけです。現代の諸説は、この字は「注ぎかけた水が長く筋になっているようす」から転じて、「長い」という意味を表しているとする点で、共通しているようです。
「攸」の解釈がこのとおりだとすれば、「悠」の元々の意味も、「憂い」とか「動揺」ではないでしょう。現在では、「心」が「長い」状態、ゆったりしている、はるかな、というような意味だとするのが、主流のようです。
これは、現代の字源学が『説文解字』を乗り越えたいい例ですが、それにしても、人に背中を流してもらってさっぱりとくつろいでいるなんて、すてきな漢字じゃないですか。