当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

読み物

連載記事

「癌」の不思議

 「癌[がん]」といえば厚生労働省の五大疾病にも含まれており、おそらくほとんどの人が聞いたことのある医学用語だろう。現在の常用漢字表には入っていないが、実際に使われることが多い「癌」は、漢字の視点からみるとかなりかわった経歴の持ち主だ。

 かつて「癌」は日本製の漢字だと考えられていた。1917年の『大字典』では「国字」として掲げられている。第2回で紹介した戦前の国語愛護同盟医学部会の雑誌『国語の愛護』でも「癌」は日本製のものとして扱われていた。中国でもかつて「癌」は日本製だという研究者もあった。それに現代でも2007年の『新潮日本語漢字辞典』には国字として載っている。

 国字とは、おおまかにいえば日本人が作った漢字(たとえば「峠」、「働」など)のことをさす。医学用語でいえば膵臓の「膵」、唾液腺の「腺」が江戸時代に作られた国字である。医学のような専門分野には、言い表しがたい概念を表現するために新たな文字が生まれる素地があるのは確かだ。しかし「癌」は日本製と考えられて「いた」のであって、そうではない。一体どういうことだろうか。

 早くには医史学者の富士川游[ふじかわゆう]が「癌」は中国の宋の時代から見える字、つまり中国には以前からあったということを1909年に指摘していた。しかしその知識は広まらず、戦後になって日中の研究者によって「癌」が中国で作られて日本に伝わった経緯が明らかにされてきた。

 南宋の時代、1264年の『仁斎直指方[じんさいちょくしほう]』に「癌」の字が使われている。さらにさかのぼるという考えもあるが不確かなので一応これを最古としておこう。「癌」はできものの一種という解説があり、男性には腹に多く女性には乳に多いと書いてある。女性のものは現在でいう乳癌のことを書いているのかもしれない。この本は後にも引用され、明の時代1575年の『医学入門』にも「癌」の字が使われていた。しかし一方で1236年の『婦人大全良方』をはじめとして、中国では今でいう乳癌のことを「乳岩」または「乳巌」と書く書き方が主流だった。硬いできものを「岩」にたとえたのだろう。「癌」の字の内部にある「嵒」も「岩」と同様な意味であり、たとえるものは一緒だったのだろう。

 日本ではどうかというと、明の『医学入門』が日本で使われたところにポイントがある。大阪の医学の歴史では欠かせない古林見宜[ふるばやしけんぎ](1579-1657)は、当時の医学界で一世を風靡していた曲直瀬玄朔[まなせげんさく]の弟子にあたる。曲直瀬玄朔は弟子にそれぞれ医学書をわたしたが、古林見宜に与えられたのがこの『医学入門』で、古林はこの教科書をつかって大阪で医学を広めた。それに伴って『医学入門』に書かれた「癌」も一緒に広まったことになる。多紀元簡[たきもとやす](1755-1810)による『病名纂[びょうめいさん]』には「癌 直指方」と書いてあり、『仁斎直指方』までさかのぼることが認識されていたこともわかる。
 一方で、中国で主流だった「岩」も日本で使われていた。世界で初めて全身麻酔を行った華岡青洲とその一派は『乳巌治験録』などの著作名からわかるように「乳巌」あるいは「乳岩」という表記を使っていた。

 日本で「癌」が決定的に使われるようになったのは、西洋医学でいうCancer(現在の意味での癌)と「癌」の字をリンクさせたことにあるだろう。大槻玄沢『瘍医新書』などで、西洋医学でいう悪性腫瘍の訳語として「癌」が使用され、次第に一般的になるとともに、日本では「岩」「巌」表記はすたれていった。そして悪性腫瘍という意味での「癌」が中国に伝わり、使われるようになったのだ。この過程で両者(「癌」と「岩」「巌」)があわさった下のような第3の表記が出現し消えていった。

 ここからがさらに厄介で、「癌」はもともと中国でうまれたのに、どうして日本製と思われたのだろうか。それには、権威ある字書として影響力のある『康煕字典[こうきじてん]』に「癌」が載っていないこと、また悪性腫瘍という西洋医学的な使い方をしたのは日本が先だったことの二つの理由があるだろう。
 ではなぜ「癌」は『康煕字典』に載っていないのだろうか。当時の中国では「癌」よりも「岩」「巌」が主流だったことが大きいが、それに加えて『康煕字典』の編纂の際に参考にされた『正字通』や『字彙』といった字書にも載っていないというのもある。マイナーな字も多く載せている『字彙補』にも載っていない。ただ『康煕字典』には代わりに下のような字を載せている。

 この字についての説明は、「癌」についての『仁斎直指方』の記載にほぼ一致することから、「癌」の誤字だと考えられている。この字は16世紀の『本草綱目』のなかに現れる字なのだが、実は『本草綱目』の別の箇所にはちゃんと「癌」も載っていた。もし『正字通』の編纂者がもうちょっと『本草綱目』をちゃんと読み込んでいたら、「癌」も晴れてその後の字書に収載されて、後世の混乱は起こらなかったかもしれない。

—-

何華珍 (1998) 「”癌”字探源」辞書研究1998年1期 pp.152-154
史有為 (1998) 「”癌”疑」詞庫建設通訊17 pp.6-14
中野操 (1967) 「癌という漢字について」日本医事新報2248  pp.43-45
富士川游 (1909) 「癌ノ歴史」癌1(2) pp.319-320
矢島玄亮 (1973) 「国字考略 附国字一覧表稿」図書館学研究報告6 pp.1-17

  • facebookでシェア
  • twitterでシェア

おすすめ記事

写真でたどる『大漢和辞典』編纂史

サンキュータツオの細かすぎる国語辞典の読み方

体感!痛感?中国文化

写真でたどる『大漢和辞典』編纂史