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松樹は千年なるも終には是れ朽ち、槿花は一日なるも自ら栄を為す――白居易「放言」五首 其の五

 三島由紀夫の愛読者ではないけれども、真夏の午後、部屋のなかから灼熱の戸外を見ると、『豊饒の海』の最後の部分を思い起こす。

 これと云つて奇巧のない、閑雅な、明るくひらいた御庭である。数珠を繰るやうな蟬の声がここを領してゐる。
 そのほかには何一つ音とてなく、寂寞[じやくまく]を極めてゐる。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまつたと本多は思つた。
 庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしてゐる。……

 長い物語はこうして閉じられる。ここでは時間が静止している。瞬間が凝固し、それがそのまま永遠でもある。それには夏の日の昼下がりほどふさわしい時はない。あたりを支配する蟬の声も、喧噪であると同時にこの上ない静寂でもある。現実がそのまま彼岸にすり替わったような情景。
 こんな時と場に植物を配するとしたら、ふさわしいのは紅いサルスベリだろうかと思って、『豊饒の海』第四部「天人五衰」を調べてみたら、上に書き写した箇所の前に出てくるのは「楓」と「撫子」だった。サルスベリでは、おあつらえ向き過ぎるのかも知れない。
 「百日紅」と表記されるように、サルスベリは花期が実に長い。真夏に咲く木の花として、夾竹桃も品のよさでは百日紅に譲るけれども、花期が長いことでは負けていない。炎天下に咲き続けるのは木にとっても負担が大きいだろうに、真夏の花はどうしてどれも長く咲き続けるのだろうか。
 ムクゲも夏の花の一つ。韓国の国の花として貴ばれるのは、花の美しさとたくましい生命力ゆえであろうか。我が家の、猫とも言えない、鼠の額ほどの庭に植えたムクゲ、春には一気に芽を吹き枝を伸ばし、お隣にまで侵出して毎年迷惑をかける。そして初夏になると花が次から次へと開き、秋に入るころまで咲き続ける。ムクゲも花期長き夏の花の一つに数えられる。
 ところが中国ではムクゲ(木槿・槿花)といえば、はかないものの代表とされる。たぶんそれは次々とひっきりなしに咲き続けるのに、一つひとつの花はすぐに萎れてしまうからだろう。個として見れば短くはかない命しかなくても、全体として見れば際限なく続くという、見方によって短いとも長いともなる事象はほかにもある。蘇軾の「赤壁の賦」では長江の水をたとえに引く。人の命のはかなさを嘆く客人に対して、下流へ流れ去ってしまう水も、上流に目をやれば間断なく流れて来ると、蘇軾は悲観を楽観にひっくり返す。川の流れも束の間であり、そしてまた永遠でもある(山本和義氏『詩人と造物――蘇軾論考』、研文出版、二〇〇二)。
 ただムクゲに関しては、中国では命のはかなさをあらわすものとして、意味が定着している。よく知られた例は、白居易の次の詩。

   放言五首 其五
 泰山不要欺毫末  泰山 毫末[ごうまつ]を欺[あなど]るを要せず
 顔子無心羨老彭  顔子は老彭[ろうほう]を羨[うらや]む心無し
 松樹千年終是朽  松樹は千年なるも終[つい]には是れ朽ち
 槿花一日自為栄  槿花[きんか]は一日なるも自[おのずか]ら栄を為す
 何須恋世常憂死  何ぞ須[もち]いん 世を恋いて常に死を憂うるを
 亦莫嫌身漫厭生  亦た身を嫌いて漫[みだり]に生を厭[いと]う莫かれ
 生去死来都是幻  生れ去[ゆ]き死に来たる 都[すべ]て是れ幻
 幻人哀楽繋何情  幻人[げんじん]の哀楽 何の情をか繋げん

    口まかせ 五首 その五
 五岳の一つ、東岳の泰山、どっしり大きくても、毛筋の先ほどの微細なものをばかにしてはいけない。孔子に惜しまれつつ夭折した弟子の顔回、彼には八百歳を生きたという長寿の彭祖[ほうそ]を羨む気持ちなどない。
 松の木は千年生きたところで結局は朽ち果てる。ムクゲの花は一日開くだけでもそれなりに存分の栄華。
 この世に執着していつも死を恐れたりする必要はない。また一方、我が身を厭ってむやみに生を嫌ってはいけない。
 生きるのも死ぬのもどちらもまぼろし。まぼろしのなかの人間がいだく喜び悲しみなど、どんな感情に繋げられよう。

 元和十年(八一五)、白居易、四十四歳、朝廷から江州(江西省九江市)の司馬へ左遷されてゆく舟のなかで作った作とされる。
 「口まかせ」と訳してみた詩題の「放言」とは、口から出放題、無責任な発言の意味。出任せの言葉ですよと断ることは一種の免責行為であり、それによって言いにくいことを言う。したがって世間一般に対して逆説的な発言を内容とするが、しかし秩序を転覆させるほどの鋭さはなく、結局は通念、常識の範囲に留まる。
 この第五首、前半の四句は世間の二項対立を無化してみせる。大と小、長寿と夭折、それらの対比は相対的なものに過ぎない。それを受けて後半の四句、長生きも短命も違いはないならば、死を厭い生に執着するのはばからしい。逆に生を嫌悪することも無意味だ。生にも死にも意味はない、幻にすぎない、とすれば、そのなかに喜びを覚えようが悲しみをいだこうが、感情として取り上げるほどのことはない。「何の情にか繋げん」は、本来が幻である生のなかに生じた「哀楽」を、どんな感情として繋ぎ留めたらよいのか、と読んだらよいと思う。繋ぎ止めるほどの意味はないというのである。
 大小・長短の違いの無化から生死の無化、生死のなかに生じる感情の無化――結局一切は空無に帰するという態度は、これはこれでわかりやすい。現実を相対化する老荘や仏教の思想、その深みに入らずに表層だけをあっさり捉えた詩といえようか。これが白居易の思考の結論ではもちろんない。もし本当にこの詩のような考えをもっていたら、詩など書きはしなかったことになる。「哀楽」の情など無意味とここでは言うが、実際の白居易は人生のなかで生じた喜び、悲しみのあれこれを慈しみながら詩にうたい文に述べた人であった。
 全体が単純明快なためか、「木槿一日 自ら栄を為す」の一句も短絡的に理解されてきたように見える。槿花は一日だけ花を咲かせるとして、単に短い命の代表として受け取られるのである。しかし白居易の詩では、単に短命を言っているのではないと思う。わずか「一日」であっても、槿花は「自ら栄を為す」、花盛りの生の充実を見事に果すのだ。つまり槿花は短命の哀れな存在ではなくて、時間の長短とは関係なく、「栄を為した」のである。たとえそれが一日という短い時間であっても、花を咲かせる、自分を実現する、文字通り自分を開花させることができたら、それは十分満たされた生であり、長く生きるか否かは関わりのないことなのだ。
 一日の栄の「槿花」と対比される松については、「松樹は千年なるも終には是れ朽つ」という。この言い方は、三国魏・曹操「歩出夏門行」の冒頭を思い起こさせる。曹操のこの楽府は「老驥[ろうき]櫪[れき]に伏するも、志は千里に在り」と題してすでに取り上げたけれども(第3回)、実は「老驥」の句の前に次の四句が置かれている。

 神亀雖寿  神亀 寿なりと雖も
 猶有竟時  猶お竟[つ]くる時有り
 騰蛇乗霧  騰蛇[とうじゃ]霧に乗るも
 終為土灰  終には土灰と為る

 めでたき亀は長命とはいえ、命の尽きる時は来る。
 天翔る龍は霧に乗るとも、ついには土塊に帰す。

 亀や龍にさえ命に終わりがある、まして寿命の限られた人間ではあるが、精神をたくましくすることによって生の有限を乗り越えようと曹操はうたう。
 白居易も槿花を単に短命の代表として挙げたのではない。大事なのは「自ら栄を為す」ことであり、一日であろうと千年であろうと、自己実現しうるか否かが問題なのだ。
 曹操にせよ、白居易にせよ、そして蘇軾にせよ、彼らははかなさの詠嘆で終わりそうな事物を取り上げても、それを力強い肯定へと転じてしまう。感傷的な抒情とは縁遠いのが、中国を代表する詩人たちに顕著な特徴といえようか。


(c)Kawai Kozo, 2021

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