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今夕 復た何の夕べぞ、此の灯燭の光を共にす    ――杜甫「衛八処士に贈る」

 大学院生だった二十代のころ、こんな話を聞いたことがあった。京都の女子大で国文学を講じておられた或る老教授は、教室で和歌を一首、静かに詠み上げる。しばらく沈黙をおいたあと、「いいですなあ」と一言、感に堪えない声を発する。そうして次の歌に移り、また同じことを繰り返すのだという。
 それを聞いたわたしは思わず笑い出してしまった。当時はいかに作品を犀利に分析するか、そのことで頭がいっぱいだったので、「いいですなあ」だけで済ますのは「しろうと」の読みに過ぎないと思ったのだ。
 しかしそれから数十年を経た今、わたしは老教授の授業を笑った自分を恥じる。作品を読んで「いいですなあ」と感嘆する、その心の昂ぶりを忘れてしまっていたのではないか。あるいはそれは研究とは無縁のものとして封じ込めてきたのではないか。先生の「いいですなあ」を聞いた受講者たちには、おのずとその歌のよさが染み込んできたことだろう。「犀利な分析」を展開するよりも前に、まず詩を感じ取ること、頭で考えるのではなく、魂が詩に共鳴し、全身がひとりでにおののくこと――詩に接する際に最も大切なことを、その先生は身をもって教えておられたのではないだろうか。
 わたしにも「いいですなあ」としか言えない和歌がある。『新古今和歌集』に見える西行の歌がその一つ。

 年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山

 「小夜の中山」は遠州の東部、今の掛川市にあり、わたしが生まれ育った浜松とも近いので、「夜泣き石」伝説は小さい時から聞かされてきた。西行の歌を知ったのは後年のことだが、近しい場所であることよりも、自分の人生が長くなったためだろう、この歌に触れるたびに胸がわけもなく締め付けられる。「命なりけり」を「命があったからこそまたここを通ることができたのだ」と説明するのは、わたしには浅薄に思われる。「命」はまず、亡霊となって夜ごとに飴を買い、赤子の命を守った母親の伝説と繋がっているが、自分の生でもあり、運命でもある。かつてここを通った若い日、その時にはもう一度同じ場所を通ることがあろうなどとは思いも寄らなかったのに、偶然またその機会が訪れた。若かった昔の自分、年老いた今の自分、その間に積み重なった長い年月、再び通ることになった不思議な巡り合わせ、そうした人生の総体に対する様々な思いが一気に押し寄せて生じた感慨が、「命なりけり」の七字に凝縮しているのだろうと思う。
 とはいえ、いくら言葉を費やしても、「命なりけり」が心を揺さぶるゆえんを明らかにすることはできそうにない。結局「いいですなあ」に帰結してしまう。
 よい詩というものは、安易な説明を拒絶する。簡単に解き明かすことができるのはたいした詩ではない。曰く言いがたいけれどもとにかくよい、そういうのが真によい詩だ。それを分析しようとするのは、本来矛盾を含んでいる。分析できないとわかっていても分析したくなるという困難が、詩の批評の前には常に立ちはだかる。

 西行が曾遊の地を再訪して発した「命なりけり」、それに類した感慨を含んだ詩が杜甫にもある。華州の司功参軍として勤めていた時期、公務のついででもあったろうか、古い友人の家を訪れた時の詩、「衛八処士に贈る」である。

 人生不相見  人生 相い見ず
 動如参与商  動[やや]もすれば参[しん]と商の如し
 今夕復何夕  今夕[こんせき]復た何の夕べぞ
 共此灯燭光  此の灯燭の光を共にす

 人の一生、巡り会うことがないのは、天空で出会うことのない参と商の星のようなもの。
 それが今宵はまたなんたる夜か。この灯火を君と囲むことができるとは。

 

 ひとたび別れたら二度と会いがたいのが人生、だのに今、我々は偶然また出会うことになった。二人の人生のなかに生じた思いがけない交叉、今宵こそがその特別な時。ともに老いやつれた相貌を灯燭の明かりが照らし出す。互いに見つめ合いながら、思うにまかせなかったそれぞれの来し方が脳裏に流れる。しかし今は巡り会ったこの時を大切に噛みしめることにしよう。
 若い日々はいくばくもない。たちまちのうちに髪に白いものが混じる年となった。昔なじみの誰彼の名を挙げてみれば、半ばはもはや鬼籍の人となっている。それに気付いて思わず胸に熱いものがこみあげる。

 焉知二十載  焉くんぞ知らん 二十載
 重上君子堂  重ねて君子の堂に上らんとは

 我々二人は二十年の歳月を経て、再会することになった。もう一度君の家を訪れる機会があるなど、夢想だにしなかった。こうした偶然が生じるのも、人生が与えてくれる僥倖なのか。
 先には一人身であった衛八は、今や行列を作るほどの子持ちになっている。

 昔別君未婚  昔 別れしとき 君は未だ婚せざるに
 児女忽成行  児女 忽ち 行を成す
 怡然敬父執  怡然[いぜん]として父の執[とも]を敬い
 問我来何方  我に何[いず]れの方より来しかと問う

 この家には滅多にないであろう客人の来訪、それを喜んで子供たちは杜甫を質問攻めにする。行儀はよくても、子供らしい好奇心を発揮する溌溂とした姿は、この家族の幸福な日常を彷彿とさせる。
 いまだに「処士」、無官のままの衛八は、貧しい暮らしのなかで、精一杯のもてなしをしてくれる。

 夜雨翦春韭  夜雨 春韭[しゅんきゅう]を翦[き]り
 新炊間黄粱  新炊 黄粱を間[まじ]う

 雨に濡れて光沢鮮やかな菜園のニラ、黄色いアワを混じえた炊きたての飯――色彩とともに香りも立つ夕餉は、いかにもおいしそうではある。しかし肉も魚もないのは、一家のつつましい暮らしぶりを伝えている。
 酒杯をいくら重ねても、二人に酔いは訪れない。ともしびを挟んで一つの思いを共にいだきながら、夜は更けてゆく。翌朝別れてしまえば、二人の人生はまた元のように世塵のなかにまぎれ、茫漠として二度と会うことはないだろう。

 明朝隔山岳  明朝 山岳を隔てば
 世事両茫茫  世事 両つながら茫茫たらん

 この邂逅が一夜限りであること、このあとさらに出会うことはないであろうことを杜甫は思う。行く末にまで思いを拡げることで、「今夕」が人生でたった一度の偶然であることが重ねて確かめられる。事実、その後、二人が会った形跡はない。

 西行の歌がわずか三十一字であったのに対して、杜甫の詩は五言二十四句に及ぶ。当然、内容にも拡がりがある。西行の歌には出てこなかった他者が登場する。昔の友との思いがけない再会、懐かしい回想、二人は長い空白を経てもすぐに昔のままに戻ることができる。そして今宵の再会に至るまでの人生の時間が横たわっている。衛八というこのいかにも善良そうな人物は、善良であるがために世間で割りを食い、不本意な暮らしを余儀なくされて来たことだろう。杜甫のほうにしても今は官に就いているとはいえ、この直後に辞任して、以後は死ぬまで流浪の生活が続く。決して満たされていたわけではない。不器用な生き方しかできない男どうし、たとえ恵まれない人生とはいえ、一つの思いを共有できる友人がいる。さらに衛八の家には、生き生きと描かれた子どもたちもいる。愛情には十分に恵まれている。そのためにこの詩は人生の出会いがたさを嘆いても、不遇の男二人を描いても、ほろ苦さのなかに暖かみが籠もっている。二人が共にした「灯燭の光」こそ、この詩の暖かみを凝縮している。詩を読み終えたわたしは、これが人の生というものなのかという思いに浸りながら、「いいですなあ」とつぶやくのである。

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