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医学用語の難しさと同音による書き換え(1)

 医療・医学でつかわれることばは難しい。ほとんどの人はそう思うだろう。医療分野に身を置いている筆者もそう思っている。
 では、どうして難しいのか。思うに
  ①ことばが表している概念そのものが難しい。
  ②概念自体はわかるのにことばが難しい。
というふうに2通りあると思われる。
 ①概念そのものが難しいのは医学という専門の分野である以上、ある程度しかたのないことだろう。②の概念はわかるのにことばが難しい、というのは例えば「首のあたり」を「頸部[けいぶ](頚部)」といったり、「寄り目にする」ことを「輻輳[ふくそう](輻湊)」といったりすることだ。カッコつきの用語も付記していることからわかるように、ややこしい。
 こういう、日常用語からかけはなれた難しさがどのようにできてきたのか、どういういきさつで現在の用語になっているのかというのを掘り下げるのがこの連載の目的だ。用語といっても日本語の用語を主にとりあげ、ドイツ語由来のものなどは扱わない。

 具体的な話にうつる前に、医学用語の難しさということについてもう少しほりさげたい。
 医学のことばが難しいことについて、「わざと難しい用語を使っている」とか「秘儀的にして患者にわからないようにしている」という批判がある。医学的な説明や同意がさかんに叫ばれるようになる前の時代には、告知せずに仲間内で共有するために例えばドイツ語を使うとか、ちょっと聞いただけではわかりにくい日本語の医学用語を使うとか、そういうことはあったかもしれない。もしくは、難しい病名などの説明を十分にされないと理解がしにくかったのかもしれない。
 なにがいいたいのかというと、ことばの難しさと、それを非医療者にどのように説明するのかは別問題ということだ。難しい用語でも、きちんと説明したらこういった批判は減ると思う。では「秘儀的」な要素がまったくないかというと、おそらくそうではなくて、業界用語に対するあこがれというのも少なからずあるだろう。それは仲間内でこそ意味のあるものであって、外に対して業界用語を振りかざしているとしたら無自覚でやっているか、うまく説明できていないかだ。
 難しいことばをどう説明したらいいのかについては国立国語研究所『病院の言葉をわかりやすく』にまとまっている。

 医療者も医学用語を難しいと思っていて、使いこなせていないことを示している調査があるのでいくつか紹介したい。
 橋本ら(2009)では医療系大学生に医学用語の読みをテストして正答率を見ているが、実際に読めていないことが多い。「塞」栓症を「そく」と読めたのはわずか3%にとどまる。香川(1995)のコラムでは、医学用語を検討する委員会で出席者全員に用語の書き取りをさせており、「齲歯[うし]」「痙攣[けいれん]」などはほとんどの委員が書けていなかったという。
 こういうデータを見ると、最近は手書きをする機会がへったから、という考え方もあるかもしれない。ではもっと以前はどうかというと木村(1961)でも医学生に解剖学の用語を読ませて正答率が低いことを示している。例えば「会陰」を「えいん」と読んだのは6.5%だった。

 こうした調査結果を見ると、医療者も医学用語の難しさに悩んでいる当事者ということがわかってくる。「秘儀的」に用語を振りかざせるほど日本語医学用語を使いこなせていない。
 ではこれをずっと放置してきたのかというと、そうではなくて、先人たちは用語を簡単にしようと努めてきた。
 その努力のうち、まずは漢字の書きかえと用語の簡略化について次回みていく予定だ。

 

香川靖雄(1995)「医師の書けない用語、解らない用語」『医学教育』26(2) pp.69
木村邦彦(1961)「解剖学用語のよみかた」『解剖学雑誌』36(6) pp.575-576
橋本美香ら(2009)「医療系大学生における医学用語の読みの力に関する調査」『川崎医学会誌一般教養篇』35 pp.27-33

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