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第6回 参考情報編

 表記、注意、語法、かぞえ方、語源、表現、関連語、類語、対義語、あるいは◇など、辞典の記述には品詞や語釈、用例以外にも、いろんな情報が付与されています。これらをまとめて「参考情報」といっておきましょう。
 辞典には意味だけ載っていれば充分、と考える人もいるかもしれないけれど、「そんな当たり前の言葉、調べないでしょう?」という言葉でも、辞典を引く人のニーズはさまざまで、表記や類語、語源が知りたいと思って当たり前のことを引く人もいます。
 国語辞典の参考情報は、「実はユーザーはこういう情報も欲しがっているのかもしれない」という各国語辞典の「思いやり」が詰まった部分なんです。


 1.表記に注目!

 おなじ音の言葉でも表記によって微妙に意味を使い分けていることがよくあります。それは学校などで教える正式なものではない場合もあり、文字の表現性のバリエーションのような側面があります。
 「合う」と「会う」は意味がちがうのはなんとなくわかるけれど、「会う」と「遭う」「逢う」「遇う」はどうちがうのか。あるいは自分が読んだ「逢う」は「会う」と意味がちがうのだろうか。そんな疑問をもつユーザーも多いはず。

あう

『明鏡国語辞典』第二版
表記 (1)「会」は、本来人と人が約束してあう意。偶然にあう意や物事との出会いの意に転用して広く使う(「六時に改札口で会おう・劇場でばったり旧友に会(遇)った」)。「逢」は「会」の美的な表記で、親しい人との対面や貴重なものとの出会いの意で好まれる(「恋人と逢う」)。「遭」は本来偶然にあうの意だが、今は「事故に遭う・にわか雨に遭う」などと、災難にあう意で使う。
(2)「▼邂う」「▼逅う」とも書く。「遇」「邂」「逅」は、偶然にあう意。一般に「会」でまかなう。動物とでくわす意ではかな書きが多い(「山道でクマにあう」)が、偶然の意を重視して「遇」、災難の意を重視して「遭」と使い分けることができる。「動物園でパンダに会った」と書けば、待望の意が付加される。

 意味の微妙なちがい、ニュアンスをここまで丁寧に説明してくれる辞典もあまりない。
 『岩波国語辞典』の第七版では、「あう」の項で「合う」「会う」という意味が二つある、という説明をしていて、最後に関連語という参考情報を付して「対面・初対面・面会・面接・お目にかかる・まみえる・お目見え・目通り・拝顔・拝謁・拝眉(はいび)・引見・接見・謁見・会見・インタビュー・奇遇・遭遇・出会う・めぐりあい・邂逅(かいこう)・再会・見合い・顔合わせ・落ち合う・待ち合わせる・密会・ランデブー・デート」といった言葉を挙げています。類語よりももう少し広い範囲で関連する言葉を入れています。こういったサービスもまた、「思いやり」のあり方でしょう。


2.よく使う言葉にこそ参考情報は有効!

 日常でよく使う言葉ほど、というべきか、よく使っているからこそ、というべきか、基本的な言葉は使う人が多いので少しずつ意味や使い方に誤差が生じてきます。

『明鏡国語辞典』第二版で「以後」をひくと、こういった参考情報がついてきます。

語法 基準の数値(に準じるもの)を伴う場合はそれを含むと規定される。「漱石の『草枕』以後の作品」では『草枕』を含むのが一般的だが、意味があいまい化しやすく、『草枕』を除外する場合もある。
表現 「以後」は視点をそのときに定めて客観的に言うが、「以来」はそれを境として現在に近づいてくる気持ちで言う(従って、未来には使えない)。「以降」は、その後の時の経過・継続に重点を置いて言う趣がある。
②〔基準の時点を発話時において〕今からのち。これから先。今後。「これを━の見せしめとする」▽副詞的にも使う。「━、気をつけます」
◆⇔以前

いご

 「語法」では意味のゆれ、「表現」では類語との相違の傾向を、フラットな立場で記述してくれています。これもサービスです。本来は、なるべく説明や参考情報の言葉を削って、多くの項目を入れたい、あるいは限られたページ数のなかに収めたい、と思うのが辞典の作り手ですが、それでもこれだけの情報を入れる、というところに辞典のホスピタリティがあるんですね。

 『草枕』を例に挙げているところなんかはグッときますね! 小説を好きな人が書いた項目なのかなあ、「物語」を書く小説とそうではない小説、みたいなときに引き合いに出される作品ですけれど、書いた人の想いがにじみ出てくるのを味わうのも辞典を読む楽しみです。


3.言語観がにじみでる参考情報


 
なにをどれだけ、どう説明するのか。そこに国語辞典の使命であり哲学が出るわけですが、大きくいうと言語観、辞典観もうかがえます。
せっかくなので『明鏡国語辞典』の言語観が出ている箇所を見てみましょう。

 「させていただく」の項目は、全文読んでほしいほど、読み応えがありすぎるほど饒舌に語る明鏡くんですが、ここでは「誤り」「不適切」と、断言している男らしさを見せています。「言葉のゆれ」ではなく、OKとNGをハッキリ言うのも辞典の役割、という気負いが感じられて感動的です。

  させていただく

語法 五段動詞を受けて使うときは、「意見を書かせていただく」のように、「…せていただく(五段動詞の未然形+助動詞「せる」)」の形になる。「せる」の意味をより明確に強く示そうとして、五段動詞の未然形に「させる」を付けた「読まさせていただきます」「あとでファックスを送らさせていただきます」などというのは、誤り
表現 (1)人に配慮しながら、自分の一方的な行為や意向を伝えるのにも使われる。「僭越(せんえつ)ながら私がお供を━・きます」「しばらく考え━・きたい」
(2)大勢の聴衆や目上の人の前で、自分の意見を述べたり、会を取り仕切ったりするような場面でも使われる。「では、発表を━・きます」「閉会と━・きます」
注意 (1)許可を得なければならない相手がいない、またそのような相手が漠然としていて特定されない場合に使うのは、慇懃(いんぎん)無礼な表現となって不適切。「× 今日は感動させていただきました(○ 感動いたしました)」「〔自己紹介で〕× 俳優をさせていただいています(○ 俳優をしております)」
(2)「…ていただく」は、〈相手のことは考えず、自分の都合でそうする〉という含みを持つため、お願いの意を示す場合には「…ください」を使うほうが適切。「〔上司に向かって〕帰らせていただきます/帰らせてください」

  言葉の生きる姿をフラットに記述するのも辞典ですが、「こういうときどう判断すればいいの?」という疑問に応えるのも辞典の役割。
 ある言葉に対してどういう使用方法とどういう議論があって、なにが問題なのか、見極めたうえでの記述です。野放図になんでも許容していては、辞典を作る意味はどこにあるんだ?という気概。
 カッコいいです、明鏡くん。

ぶり

 「ぶり」(一年ぶり、とか、久方ぶり、の「ぶり」。)を引けば、時間を表す語の③の意味のところに、

表現 好ましくないことにも使う。「九年ぶりの大地震」「三年ぶりの低成長」
注意 「大学二年ぶりの再会」など、「ぶり」の前に〈物事の始点〉がくる言い方は誤り。「ぶり」の前には〈経過した時間〉がくる。

 という参考情報が! 「好ましくないことにも使う」! ホントだ! 甲子園などで「5年ぶり19回目」という出場情報があるから、良いことに使うのかなと思っていたら、好ましくない場合にも使うのも「正しいんだよ?」と言うように特記していらっしゃる! 
 「注意」のほうでは「物事の始点」「経過した時間」といった言葉でOKの場合とNGの場合を一般化してくれている。
 いろんな使い方があるなかで、こうした線引きをするのも、「求めている人がいるから」という思いやりだと思います。

 ほかにもコラムや語源、参考情報というにはものすごい分量で説明する文法項目など、読みどころはたくさんあって、参考情報にこそ辞典の個性が出ているといっても過言ではないし、紹介していたらキリがありません。
 「参考情報」は、辞典からしてみると一見「無駄」な部分かもしれませんが、そんな無駄にこそ力を入れる「思いやり」。それが個性や、大げさな言い方をすると「文化」に繋がっているのが、おわかりいただけたでしょうか。

 


◆蔵出し語釈◆
~サンキュータツオ的語釈の見所~
最近の用法も、誤用例もきちんと解説。

な・る【成る(▽為る)】     
なる

 「六〇歳になる母」は、五九歳なのか六〇歳なのか、今年の頭にネットで同じような問題が話題になったことがある。そんなことは明鏡を読めば一発で解決なのだ。こういうことがあると「ネットが便利」とは一口に言えない。そばに必要なのは大勢の他人より、頼れる明鏡くんひとり!? 語法をこれだけ詳細に書いているからこそ、「(6)(イ)の用法」と「(9)の用法」と指示して説明することが可能になっている。利便性があるから詳細にしているんだ、と明鏡くんが微笑む顔が見えるようだ。

 


 *「蔵出し語釈」は『辞書のほん』15号(2014年10月)記事の一部をウェブ用に再編集したものです。


 この連載は今回で最後となります。

 国語辞典にはさまざまな種類があり、また言葉の記述の仕方もそれぞれの辞典でちがい、複数冊持つと(ちがう出版社のものや、おなじ辞典の版ちがい、など)見どころもたくさんある書物だということがご理解いただければ幸いです。

 国語辞典に限らず、辞典は情報の量と密度を考えれば、圧倒的にお値打ち価格です。大勢の人の想いが一行一行に凝縮している、想いの集合体でもあります。しかも、改訂のたびにその想いを確認できるのです。一生の趣味に国語辞典読み比べをオススメします。

 

 また、どこかでお会いしたいですね。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

サンキュータツオ

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