当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

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第5回 用例編

 言葉は道具です。したがって実際の場面でどうやって使うかが問題となります。その言葉をどのように運用することができるのか、それが一発でわかるのが「用例」です。使い方を説明するよりも、実際にこう使うんだよ、と教えてくれる用例が多い辞典は、運用を意識した辞典といえると思います。


 ●どういう言葉とセットになるか、すぐにわかる!

 「連絡」の項目を『明鏡国語辞典 第二版』でひくと、以下のような用例がでてきます。

細かすぎる5_連絡

「関係者に開催日の変更を━する」
「本社と━をとる」
 この時点で、「連絡する」のように「する」とセットにして動詞として使う場合や、「連絡をとる」のように助詞の「を」と動詞の「とる」を続けてセットにして使う場合があることがわかります。

「この電車は次の駅で急行に━している」
「電車とバスの━が悪い」
 交通機関での接続の意味での「連絡」は「~している」という形も使うし、「連絡が良い/悪い」のように助詞の「が」をつけて「良い/悪い」といった評価が後ろにくることもわかります。

「都市間を━する/させる」
「別館を本館と━させる」
といった用例からは、「する/させる」が後ろにくることもわかります。

 このように、「連絡」の後ろにどういう助詞やどういう動詞がくるのか、そのセットのことを「共起関係」といったりしますが、共起関係は説明するよりも用例があれば一発でわかります。動詞的に使うのか、名詞的に使うのか、いろんな用法を知ることができるのは用例の雄弁なところです。

 

細かすぎる5_したたか
したたーか【▽強か】

[一]〔形動〕強くて、容易には屈しないさま。また、世なれていて、手ごわいさま。
「━な豪傑」「世知辛い世を━に生きる」 [派生]-さ
[二]〔副(ニ)〕程度・分量などがはなはだしいさま。ひどく。たくさん。
「━(に)頭を打つ」「━酒を飲む」

 ここでも、用例で「したたかな」「したたかに」のように「な」「に」をつけて使うことや、「したたか飲む」のように、「な」や「に」をつけずにそのままで動詞に接続することなど、用例に情報が盛り込まれていますね。くどくど説明する手間を省き、運用を具体的に示すことは大事です。

 


●意味の幅の広がり

 うた【歌(唄・▽詩)】
〔名〕①ことばに音楽的な装飾をつけ、声に出して歌うもの。ふつう、曲と歌詞を総称していうが、曲だけをいったり歌詞だけをいったりもする。歌謡。また、それを歌うこと。「━を作る」「ピアノの伴奏で━を歌う」「━のない(=カラオケ方式で演奏する、歌詞のつかない)曲を収めたアルバム」「━がうまい」[表現] 音楽的な動物の鳴き声や自然界の音などにも言う。「鳥[カエル]の━」「風[波]の━」<後略>

細かすぎる5_うた

 歌詞のつかない状態のものを「歌(詩)のない」と言ったりすることが、用例でも伝わってきますよね。ひとつの言葉が多面的な意味の広がりをもっていることも、用例で実感することができます。


 

●規範としての用例

細かすぎる5_可能性
かのう‐せい【可能性】

〔名〕①実現できるという見込み。現実となりうる見込み。「台風が上陸する━がある」「審査に合格する━が高い[低い]」「全員遭難の━が大きい」表現 「可能性」には「高い/低い」「大きい/小さい」「強い/弱い」「多い/少ない」などの程度表現があるが、上の用例のように「高低」次いで「大小」が一般的。
②何かを実現できる潜在的な要素。「さまざまな━を秘めた若い国」

 「可能性」の共起関係についての情報が用例で示されているわけですが、「高低」ついで「大小」が一般的、と言い切ってくれているのが『明鏡国語辞典』のかっこいいところ!

 

 

細かすぎる5_こうたいこう‐たい【交替・交代】カウ━
〔名・自他サ変〕その位置や役目などが入れ替わること。「選手が交替する」「議長[主役]が交代する」「役目を交替する」「交替で番をする」「交替要員」[表記] 「交代」は、「世代交代」のように、その役目などが一回限りの場合に、「交替」は、「昼夜交替」「交替での勤務」のように、繰り返される場合に使われることが多い。ただし絶対的なものではなく、「参勤交代」などは伝統的に「交代」を使う。

 この用例のように、場合によって表記がちがうものも、どういう場合はどの表記か、というのも用例をもとに説明してくれると説得力がありますよね。

 


●擬音語

細かすぎる5_てけてけ
てけ‐てけ

〔副ト〕①エレキギターなどを小刻みに弾(はじ)いて演奏する音を表す語。また、その奏法。「ギターを━かき鳴らす」②小またで足早に歩くさま。「子供が━歩く」◆[表記] 多く「テケテケ」と書く。

 副詞的に使用する擬音語、擬態語は、とくに外国人留学生が使い方に苦労します。それは「と」が入る場合と入らない場合、後ろにどういう動詞がくるのか、などが判別しにくいからです。カタカナ語もそうなのですが、そういう情報も用例で解決してくれているんですね。

 

 


●ニュアンスを会話で表示

細かすぎる5_それどころ
それ‐どころ【▼其れ▽処】

〔連語〕《下に打ち消しの語を伴って》前に述べられたことよりも重大だという意を強める。「『お父さん心配していたかい』『━の騒ぎじゃない。警察にまで電話して大騒ぎでしたよ』」「『お茶でも飲もうか』『━じゃないですよ。今日中にこの仕事を片づけなくちゃならないんですから』」

 「それどころじゃない」というのを、どうやって使うのか、どういうときに使うのか、どんなに詳しく説明するよりも実際にこう使われている、という用例を示したほうが、よほど文字数の軽減につながると思います。会話はなかでも「活きた言葉」であることを示す重要な用例です。
 いかに文字数を削るか、ということが大前提の国語辞典にあって、こうやって活きた会話を掲載する勇気。拍手を送りたいです!
 


◆蔵出し語釈◆
~サンキュータツオ的語釈の見所~
最近の用法も、誤用例もきちんと解説。

     細かすぎる5_敷居_メイキョン

 

 

注意欄に注目してください。最近の用法を紹介して、それを「誤り」と明記していらっしゃる! 誤用の流布は避けられないという立場でありながら、規範を叫び続ける覚悟。LAST SAMURAI かというほどここはキッチリ言ってくれている。こういうところに明鏡が背負っている「日本語、待ったなし!」の危機感を味わっていただきたい。

 


 *「蔵出し語釈」は『辞書のほん』15号(2014年10月)記事の一部をウェブ用に再編集したものです。

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