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読み物

特別記事

歴史アイドルの小日向えりさんに、『三国志事典』(渡邉義浩 著、2017年)をご紹介いただきました。

 


 「歴史にはロマンがある」なんて言うと、月並みに聞こえるかもしれませんが、私は歴史という、人間が織りなす物語の中に、ロマンを感じずにいられません。
 特に、人々の思惑が渦巻く群雄割拠の時代はおもしろい。日本では戦国時代、中国だと三国志の時代。その魅力の違いを端的に表現するとしたら、日本は「いかに死ぬか」、中国は「いかに生きるか」だと思います。『葉隠』に「武士道とは死ぬことと見つけたり」という有名な言葉がありますが、滅びゆくものに美しさを見出すのは、日本人の特徴です。
 『三国志』は、群雄割拠・権謀術数の時代を「いかに生き抜くか」が学べる、ビジネスマンの必読書ともいわれています。同時に、三つ巴になって争った魏・蜀・呉の君主、曹操も劉備も孫権も、誰ひとりとして天下統一を果たせなかったという、滅びゆくものの「儚さ」もあります。それが日本人の琴線に触れるのでしょう。中国人より日本人のほうが三国志愛が強いのも、興味深いですよね。
 「三国志」としておなじみなのは『三国志演義』ですが、本書『三国志事典』によると、正史の『三国志』以降に生まれた伝説を取り入れながら、長年にわたり加筆修正された結果生まれたそうです。まさに、成長し続ける物語。逸話がいちいちおもしろく、たくさん張られた伏線が、つぎつぎと回収されていくのは、何度読んでも唸ってしまいます。
 本書は、娯楽として三国志を楽しむことから、一歩、いや三歩くらい進んで、三国志を研究し、その面白さの奥底を堪能したいという方にオススメです。「名場面四十選」は、特に読んでほしい章です。わくわくするのはもちろん、『三国志』の訓点付きの原文があるのが特徴です。
 また、「思想と文学」では三国時代において、政治的にも大切な役割を担った文学について知ることができます。曹操は、詩人としての才能も突出していました。曹操と息子の曹丕と曹植を「三曹」といい、曹操の元に集った優れた文学者(孔融、陳琳、王粲、徐幹、阮瑀、応瑒、劉楨)の七人をあわせて、「建安の七子」と呼びます。本書では、彼らの作品(白文と書き下し文)が多数紹介されています。中でも、私が昔から大好きなのが、曹操の「短歌行」です。

  酒に対(むか)へば当(まさ)に歌ふべし
  人生 幾何(いくばく)
  譬(たと)へば朝露(ちょうろ)の如(ごと)し……

 人生の儚さを詠んだ詩。極めて合理的な冷徹非道に思える曹操の、人間くささを感じます。書き下し文を読んで、漢字の意味を考えると、日本語訳では理解できなかったニュアンスを感じ取ることができます。
 三国志の世界の背景には、奥深い漢文の歴史が広がっています。本書はそれを教えてくれます。三国志通も、三国志初心者も、新たな発見があるに違いありません。

『漢文教室』203号(2017年5月)掲載


『三国志事典』
渡邉義浩 著

ISBN: 978-4-469-23278-3
A5判・388頁
定価: 本体3,600円+税

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