サンキュータツオの細かすぎる国語辞典の読み方
第4回 語釈編
国語辞典といったら多くの人が思い浮かべる「言葉の説明」の部分、それが語釈。
言葉には「正しい意味」「決まった意味」があると思っている方も多いかもしれませんが、そんなことはありません。また、国語辞典には言葉のどの情報を載せるのか、という側面もあります。すべてを書いていたらとても紙面には収まらないので、辞典を引く人がなにを求めているのか、という編集方針も関わってきます。
ゆえに、語釈は各国語辞典の個性がもっとも色濃くでるものとして味わうことができます。
1.恋愛観に注目!
『岩波国語辞典』 (第七版 新版)
男女間の、恋いしたう愛情。こい。
『三省堂国語辞典』 (第七版)
(おたがいに)恋(コイ)をして、愛を感じるようになること。
『新明解国語辞典』 (第七版)
特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。
『明鏡国語辞典』 (第二版)
異性同士(まれに同性同士)が互いに恋い慕うこと。また、その愛情。
私が勝手に「ビック4」と呼んでいる小型国語辞典の四冊でもこれだけのちがいがあります。そしてこのちがいは、偶然ではなく、各国語辞典の編集方針を端的に表現しているちがいだと思います。
保守的で多くを語らない岩波。語の構造を基本としてシンプルに説明する三省堂国語は、「愛」と「恋愛」のちがい、つまり似た語の意味との違いを意識したようにもとれます。新明解国語では、嫉妬や「好き」「恋」「愛」との違いなどにも踏み込んで「語感」を汲み取ろうとしていますね。
明鏡は、岩波的な規範主義と、新時代で揺れ動く意味の記述、双方を汲み取ろうとしていることが「まれに同性同士」という補足に表れています。これは、「恋愛」だけでなく、類義にも徹底されている姿勢です。
「愛する」をひくと、「②異性(まれに、同性)を恋しく思う。」とあり、「気がある」では「②ある異性(まれに同性)にひかれている。」、「恋」でも「特定の異性(まれに同性)を強く慕うこと。切なくなるほど好きになること。また、その気持ち」、「惚れる」でも「①すっかり心を奪われるまでに、異性(まれに同性)に夢中になる。」としています。
「まれに同性」を、入れるなら入れる、入れないなら入れないで統一しましょう!と、編集会議で議論の末、「入れる」という選択をした勇気を称えたい!(妄想ですが)
ことほどさように、国語辞典の読み比べが最高に面白いのが、「語釈」の読み比べです。
2.文末に注目! 【煙たい】
たとえば「煙たい」という形容詞を考えてみよう。
実際に煙が出て息苦しい、という意味の「煙たい」と、人を煙たがる場合に使う「煙たい」の意味があります。もとはひとつの意味だったものが、比喩的に使われて広くなっていったものでしょう。
『明鏡国語辞典』 (第二版) では、
①煙で目や鼻、のどなどが刺激され、息苦しく感じる。けむい。
②気詰まりでいとわしい気持ちである。
とある。「感じる」「気持ちである」と文末がちがうことにお気づきだろうか。
『新明解国語辞典』 (第七版) では、
①「けむい」の口頭語的表現。
②相手に威圧感を覚えるなどして、安易に近づくことが出来ないと感じる様子だ。
で「様子だ。」で締めている。
『岩波国語辞典』 (第七版 新版) では、
①→けむい。
②気づまりで、きゅうくつだ。けむったい。
と言い換えが基本路線。
編集部の方にうかがうと、『明鏡国語辞典』では、どうやら感覚形容詞は「~感じる」、感情形容詞は「~気持ちである。」としているようです。また、動作性のある名詞(「勉強」や「損」のように、後ろに「する」がついて動詞になるもの)は「~こと。」、形容動詞は「~さま。」としています。
文末の表現を見るだけでも、その語釈に文法的な意味を添えていることがわかります。辞典編集者の「細かすぎて伝わらない」気遣いのようなものを、たしかに受け取ってほしい!
3.明鏡はグルメ!?
『明鏡国語辞典』で「りんご」をひくと、植物としてのりんごの記述のあとに、「生食のほかジャム・ジュース・酢・酒などの原料にする。紅玉・陸奥(むつ)・ふじ・つがる・王林・ゴールデンデリシャス・スターキングデリシャスなど、栽培品種が多い。」とあります。
やけに品種に詳しい。これは「りんご」に限ったわけではなく、古くから日本人が愛用しているもの全般に関して、「種類」を明記することは、この国語辞典によくあることです。わざわざ日本人で「りんご」をひく人は、たぶん意味以外に「品種」だったり「用途」を知りたいからだろう、という編集方針がここにもうかがえます。
ナシ‐ゴレン[nasi goreng マレー]〔名〕インドネシアやマレーシアの焼き飯。米飯をえび・鶏肉・野菜などの具とともにいため、ケチャップマニス(甘口醬油)などで調味し、サンバル(辛い薬味)を添えたもの。▽「ナシ」はご飯、「ゴレン」は炒めるの意。
シーザー‐サラダ[Caesar salad]〔名〕オリーブ油・おろしチーズ・レモン汁・ニンニクなどを混ぜたドレッシングで、レタス・アンチョビー・クルトンなどを和えた濃厚なサラダ。▽メキシコ・ティフアナ市のレストラン名(Caesar’s)に由来するという。
レシピか!ってくらいに詳細な記述がありますね。最近入ってきた料理はとくに細かい。
「わからない」人には、「意味がわからない」人と、「作り方がわからない」人がいる。
明鏡がグルメな辞典にみえるのは、実は、辞典をひく人がどんな人なのかという想像力ゆえなのでしょう。
ユーザーがなにを求めているかを想像すること。
その想像の仕方が、国語辞典ごとにちがうから、語釈の記述が大きくちがう。そこがおもしろいんです。
◆蔵出し語釈◆
~サンキュータツオ的語釈の見所~
新しい語や意味のチェックも欠かさない!
⑦の意味で「緊張を強いられず、ゆとりがある。」とある。「ゆるキャラ」などに代表される「ゆるい」の使い方を、説明してくれている。現状、これでしか説明がつかないのである。そうか、ゆるキャラって、緊張を強いられていないのか!となぜかほっこりできる。「かわいい」とか「ゆるい」とか、意味と用法がどんどん広がっていくものを的確にとらえるのも小型辞典の仕事でしょ! と、ウィンクする明鏡くん。
*「蔵出し語釈」は『辞書のほん』15号(2014年10月)記事の一部をウェブ用に再編集したものです。