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漢字の再利用にこだわった野呂天然

 今回は、これまでの回にたびたび登場していた野呂天然[のろてんぜん]について紹介する。
 野呂天然(1764-1834)は、大槻玄沢や宇田川榛斎とおおよそ同年代の医師で、はじめ今の岡山県で地方役人をしたのち、医学へ転向したという経歴を持つ。学問の系統の詳細は分かっていないが、少なくとも宇田川榛斎とは接触していたようで、彼の「腺」や「膵」を一時的に使用した形跡もみられる。医学のほかに仏教、神道、オランダ語、そして漢字に関する著作があり、かなり博学であったようだ。その天然の医学用語は、膔(腺の回)、脧(膵の回)のように使われなくなった漢字を転用する方法をとることが多かった。また医学用語以外の地の文には、篆書のような複雑な楷書を一部に用いていて、パッと見て難解な書物になっていた(下の画像を参照)。そのため、のちに取り上げる海上随鴎と並んで、極端に難しい医学用語を使った人ととらえられている。どうしてこうなったのだろうか。

野呂天然『生象止観』音義篇(京都大学貴重資料デジタルアーカイブより)

 野呂天然が、難しい字を使う本領を発揮したのは、主に『生象止観』という解剖学の書籍だ。それによると野呂天然は、松井羅洲という人物から影響を受けているという。この松井羅洲というのは易学者として名をはせた人で、野呂天然と同時期に大阪や京都にいたと思われるので、接触していてもおかしくはない。松井羅洲には易学の著作が多く残るが、中に『善工利器』という漢字についてのものもある。この著作のおおよその主張はこうだ。昔の易経が作られた時代には、字は物事を正しく表していたが、時代とともに字の形(とその音、意味も)が崩れてしまったので、字の形をみても字の意味がわからなくなっている。だから、正しく表されていた時代の易の観点から字の成り立ちを改めて解説するというものだ。崩れる前の字の形の代表が篆書なので、篆書のような楷書で書かれている。そしてその成り立ちというのは六書でいうと会意(もしくは会意兼形声)がほとんどだった。つまり野呂天然は、今では形声文字と考えられる字の多くを、会意として解釈する考えに影響を受けていたということだ。

 そうした考えに接したからなのか、野呂天然の医学用語の翻訳方法はかなり独特なものになった。西洋の概念にぴったり当てはまる漢語がないことは野呂天然も認めている。しかし、字を造ることは、昔の聖人たちが行ったことなので、そうではない人が字を造るのは罪だという。また二文字以上の漢語で翻訳することは繁雑になるといい、音訳するのは単に不勉強だからだといい、さらに一字に翻訳しているものも間違いが多いという。同時代の蘭学者をほぼ敵に回すような言い方だ。野呂天然は遠慮なく人を批判したために、世間から避けられていたようであり、ここにもそれが表れているだろう。とはいえ、同時代の翻訳の方法を俯瞰する貴重な発言にも思う。

 では野呂天然はどうしたのかというと、ふだん使われないような一字を「転用」した。字の意味から派生できるものは借用して医学用語の意味をもたせ、そうでないものは「やむを得ず」会意の方法で字を再解釈して転用したという。大槻玄沢の回でみた翻訳方法の②と③にあてはまり、方法として目新しくはない。しかし他の方法を批判していたので、その数が突出して多く、100字以上は使っていた。いくつか例を見てみよう。

・「嚊」
 「かかあ」と読まれることのあるこの字は、「鼻のあな」の意味で使われた。野呂天然は、字書に載っている字音を引用し、中国にある字であることを示したうえで、「口」と「鼻」で構成されているので、「鼻のあな」の意味で使うことを述べる。字書にその意味は載っていないので、天然が会意的に解釈して意味を与えたことになる。そもそも転用してまで表す必要のある概念なのか? という素朴な疑問がわく。

・「㬹」
 「アキレス腱」の意味で使用しているのがこの字だ。『康煕字典』では『集韻』という韻書の「足跟筋也(跟はかかと)」という記述を引用している。こうした字書類に載っている意味を踏まえて、かかとの上の大きな靭帯、すなわちアキレス腱という意味の医学用語として転用していた。

・「䦗」
 「門脈(小腸などの血液を肝臓に送る血管)」の意味で使用しているのがこの字だ。門脈の意味のオランダ語poortaderはpoort(門の意味)とader(静脈の意味)に分けることができ、「門」と「血」管(=静脈)という形で、ちょうどこの字に当てはめたということになる。上二つの字と違ってこの字の場合は、オランダ語が介在しないとこの意味の持たせ方は生まれなかったと思われる。

 こういった字を便利とみるか、ややこしいとみるか。こうしていくつか例を見るくらいなら、覚えられそうと思うかもしれないが、こういった調子で100字ほど難解な字が使われると、当然覚えづらい。同音異義が発生する問題も抱えることになるだろう。
 ちなみに代表的な著作『生象止観』にも、二字以上で訳された医学用語はあり、またのちの著作では、読んでもらえるようにふつうの字体で書かれたものもあった。こうした難解な訳し方、書き方をつらぬき通すことの限界も認識していたのだろう。しかし結局、野呂天然の医学用語は、一部が弟子の但馬天民の著作に使われているものの、そこで途絶えてしまったようだ。野呂天然のオランダ語の知識や内科診断学の知識を評価する研究もあるので、用語のせいでそういった知識の共有がされにくかったとしたら、すこしもったいないと思う。

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[参考文献]
阿知波五郎 (1961) 「野呂天然について」医譚40 p.2-12
杉本つとむ (1981) 『江戸時代蘭語学の成立とその展開』Ⅳ

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