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生薬を一字で表す方法

 漢方薬は、生薬という薬効のある植物や動物などを配合して作られている。薬局にいろいろな種類の漢方薬が並んでいるのをみたことないだろうか。漢方薬の種類もたくさんあるが、そのそれぞれには構成する生薬が複数ある。例えば風邪の初期に使われる葛根湯は、葛根、麻黄、桂皮、芍薬、生姜、大棗、甘草という7種類の生薬が配合されている。その配合や、どういうときに使うかなどについては、きちんと過去の文献に出典があってそれにのっとって作られている。そんな生薬の名前は、初めて見る人にとってとっつきにくく難しく感じるかもしれない。しかしそれを職業とする人々にとっては日常的に接する名前ということもあって、過去に独特な変化をとげたことがあった。生薬を漢字一字で表す「一字銘(あるいは一字薬名)」というものだ。

 「一字銘」とは、医療関係者のなかで通用する生薬の略称のようなものと思ってもらえばよい。島田勇雄氏のまとまった研究があり、戦国期から江戸期の代表的な医師である曲直瀬道三[まなせどうさん]・玄朔[げんさく]のころからはじまったと推定されている。道三が述べたとされる資料には、一字で書くのは①メモ書きするためと、②読まれてもわからないようにするため、という二つの理由があるという。それが道三の系統の医師たちの間、つまり集団内でつかわれる字に発展し、特にその系統の岡本玄冶によるとされる『衆方規矩』[しゅうほうきく]という本がベストセラーになると、そこに載っている一字銘も広まった。そうなるともはや秘匿する意味合いはなくなり、一字銘の利点は①の筆記の経済性がメインになっていった。その後江戸後期から使われなくなり、1936年の『綜合薬用植物』には一字銘の一覧が載っているが、現在はおそらく使われていない。

 「一字銘」のオーソドックスな作り方をまず見てみよう。一番簡単なのは、二文字以上ある生薬の名前を一字で代表するものだ。たとえば芒硝[ぼうしょう]は「芒」、葛根は「葛」とされる。ただこれでは対応できないものがある。白朮[びゃくじゅつ]と蒼朮、防已[ぼうい]と防風など、似たような名前の生薬もあるからだ。そういうときには別名を使うという手段がある。白朮と蒼朮であれば、蒼朮の別名である山精を利用して、白朮を「朮」、蒼朮を「精」というようにしたり、防已と防風であれば、防已の別名解離、防風の別名銅芸を利用して「離」と「芸」というようにしたり、といったぐあいだ。こうすれば区別することができる。
 そこに加えるもうひとひねりとなると、偏[へん]や旁[つくり]を減らしたり増やしたりという工夫がある。減らすのは画数が減るのでいいが、増えるのは経済的ではない。そのため増やすのは「あえて難しく」という意識のなせる業なのかもしれない。偏旁などが減る例としては桔梗→「桔」→「吉」、薄荷→「苛(荷)」→「可」、麝香[じゃこう]→「麝」→「广」というものがあり、偏旁が増える例としては甘草→「甘」→「泔」、大黄→「虎(別名:無声虎)」→「淲」といったものだ。偏旁を追加するとなるともはや新しい字を作っていることになってくる。もちろん別の意味で辞書には載っているが、その意味とは全く別の文脈で生まれており、意味上の関係はない。

 こうした工夫をさらにつきすすめると、最終的にこれらの字の組み合わせというところまで来る。そうなると見たことのない字で表されることになる。ただあまりにも意味の分からない字だと当初の①メモ書きのためという用途から外れるので、何の生薬かは復元できる形にはなっている。こういう合体字の例をいくつか紹介する(資料はすべて京都大学附属図書館蔵。画像は京都大学貴重図書デジタルアーカイブより)。

1)麦門冬(『丸散重宝記』)

麦門冬には「門」という一字銘も使用されるが、これは麦と門とを合わせたもの。

2)紫蘇子(『薬種一字銘』)

紫蘇子には「紫」「子」という一字銘も使用されるが、これは紫蘇子の別名水壮元[すいそうげん]の一字「水」と紫蘇子の「子」を組み合わせたもの。

3)玄参(『薬種一字銘』)

玄参には「玄」という一字銘もあるが、これはおそらく参の一部分「彡」と組み合わせたもの。

 ここまで見てきた一字銘はどの医学書でも使われていたというわけではなく、一字銘を使うものもあれば、生薬名をそのまま記すものもあった。また人によってまた一つの本のなかでも一字銘が異なる場合があり、一つの生薬に一つの一字銘にはなっていない。渋江抽斎(森鴎外の小説にもなっている)により一字銘の研究書『一字薬名攷』が作られたり、ほかにも一字銘を集めた書籍が作られたりするくらいには、こうした対応関係は自明でなかったということになる。こうした書籍が存在することは、当初のメモ書きという用途からはさらにはずれて、一種の記号のように発展していることを示すと思う。一字銘は書籍だけでなく薬箱で生薬を整理するときにも使われていたのだが、考えてみると薬箱にラベル付けする作業はメモ書きではないし手早く書く必要がない。そこに一字銘が使われたことを考えると(省スペースという利点はあっただろうが)、さらに記号的な要素に近いのではないだろうか。
 文字の組み合わせ方もさることながら、それをとりまく要因が秘匿性、経済性、記号というように変わっていくところが、筆者はおもしろいと思っている。

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[参考文献]
遠藤次郎・中村輝子 (2007) 「村上家薬箱の一字薬名の検討」『中津市歴史民俗資料館村上医家資料館資料叢書4 』 p.61-68
岡部裕彦 (1984) 「幕末漢方医の一字銘」『和漢薬』 (375) p.6-7
島田勇雄 (1973) 「中世末・近世初期の医学書・本草書に見られる「一字銘」について」『神戸大学文学部紀要2』 p.121-189

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