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中国語図解辞典

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 紹介子は、かつての担当編集部員として、本書は「画期的、歴史的な本格的中国語図解辞典」といっても過言ではないと今でも自負している。本書が企画され、会議を重ねて具体的編集にとりかかったころ(1970年代半ば)に中国で発行されていたのは、欧米、ソ連の図解辞典の翻訳もので、ものによってところどころに中国の事物を挿入してある程度であった。たとえば、文化大革命後の出版物では、≪军事技术图解辞典≫(1980年8月、遼寧省人民出版社、ソ連国防部軍事出版社から1968年に刊行されたものの翻訳版)、≪英汉图文对照词典≫(1984年9月、上海科学技術出版社、1981年版の≪牛津-杜登图解英文词典≫の翻訳版)や、≪实用汉语图解词典≫(1982年12月、外語教学与研究出版社、1981年版の≪牛津-杜登图解英文词典≫ベースに中国の事物を加えたもの)、≪俄汉图解词典≫(1984年4月、黒龍江人民出版社、≪杜登德俄图解词典≫を原本に≪杜登德英图解词典≫を参考にした編訳版)などだ。日本では、古いものとして、1930年代のドイツ・フランスの図解辞典をベースにした『日英独仏 図解辞典』(1940年1月、三省堂)がみられ、それからのち、基本的には欧米語原本の翻訳ものの域を出たものはなかった。中国語については『日常支那語図解』(1943年9月、東京開成館)がある。100面(見開きで200頁、左ページに絵図〔多くは単体の羅列〕、右ページに絵図に対応する中国語と日本語訳を示す形式)という比較的多くの語彙を収録し、借りものの絵図でなく独自に中国の事物を図解したものであった。巻頭凡例に「本書は日常支那語を満支の風物の絵図によって習得し、満支の習俗を理解する目的とせり」「風物はなるべく現代得意のものをえらびたるも、語学修練上必要なるものは之を網羅し、参考として古代のものを若干加へたり」とあるように、語彙と絵図は日中戦争という時代を色濃く反映したもので、敗戦後には絶版になったと思われる。それ以後、多少の挿絵を含んだ単語帳形式の類は見られても、欧米語のそれに匹敵するような本格的な中国語の図解辞典は皆無であった。

 閑話休題。本辞典は、当初生活日常語を収集精選することに集中し、まるで「中国語生活常用語分類表」の編集と見まがうような作業が延々とつづけられた。絵図に左右されずに「収録する語彙に偏りが生じない」(本辞典まえがき)との意図を徹底させるためである。欧米風でないあくまで現代中国の生のことばを理解するための絵図による説明という企画の大原則にたって、既成の欧米語の図解辞典に影響を受けない独自のものを目指したためである。著者4人の担当する分野が決められ、衣食住からはじめて日常生活に密着した事項を整理分類し、それぞれに属する常用語が漏れていないかがきびしくチェックされた。おおよその収録語(図解される見出し語)のめどがついた段階でページの割り振り作業に入った。各項目内で、単体図の列挙か、総合図によるのがよいかなども構想しつつ収録語の項目別の配置を決めていく作業であった。

 この段階から、絵図の収集・探索作業も並行して行なわれた。中国発行の挿絵のある単行本、雑誌、グラビア誌、図鑑など(欧米物の模写はもちろん除外して)徹底的に渉猟して参考にできそうな絵図、写真の「所在カード」も作成された。現在では、中国でもあらゆる分野の図鑑が多数出版されているが、その当時は動植物などに限られており、絵図収集に力が注がれた。絵図資料がないことによって決めていた項目を省くのは生活常用語の図解という原則に反することになりもとより許されない。書籍に限らず絵図がついているものならパンフ、チラシももらさず利用した。なお、当時は、必要に応じて中国を訪問して都市・農村の生活を随意に取材、写真撮影するなどは不可能であった。そして画像処理ソフトをもつコンピューターがない時代である。苦闘はつづいた。

 子供向けの書籍・雑誌には助けられた。漫画チックなものもふくめ、児童書の挿絵は中国的事物の特徴がわかりやすく図示されていることもあり、多数チェックされた。「連環画」(小型劇画本)にはとくに生活感あふれる写実的な絵図が多くあって、都市、農村の庶民の衣食住のようす、生活用具などを把握しやすく、物語の内容とは関係なく絵図資料として多く採取できた。また、≪建筑设计资料集 1-3≫(1964~78年、中国建築工業出版社)は建築専門家向けの大型本であったが、病院、図書館、体育館、ホテル、商業施設、駅舎などの中国の公共施設の設計図、挿絵が豊富に附された貴重な資料で、たとえば、北京駅と思われる巨大駅の俯瞰図や駅内部の各施設が立体的に図解されていて「鉄道駅」項目の絵図参考資料として有用であった。具体的に資料を挙げればきりがないが、個人の観光旅行では到底観察調査できない部分を描出したものはとくに貴重で、数百ページのなかに1点でもそんな生活と直結する挿絵があれば資料として見逃せなかった。

 収録語彙の分類配置がひと通りすんで、絵図資料もそろってきた段階で、いよいよ語彙と絵図資料とを合体させ、各項目別の「面」にどう図示するかという「設計図」(下絵、レイアウト作成のための指示書も兼ねる)の作成にはいった。きびしくもとめられたのは、生活品の単なる羅列ではだめで、生活のなかでの位置づけが理解しやすく、使われる場面・環境とあわせて図解する「設計図」であった。

 「手作り」のひたすら忍耐が求められる上記の作業が、「設計図」にもとづいた絵図作成者による下絵がすべて上がってくるまで積み重ねられた。それからも、絵図の清書(中国の生活現場の雰囲気が醸し出された絵図)と見出し語(収録語)とのセットがすべての項目で完成するまで、きわめて地道な努力がつづけられたのであった。

 編集担当者として、本書編集の苦闘の一端を紹介したのは、冒頭の「画期的な本格的中国語辞典」という意味――中国語の生活現場が具象的に表出された独創性のある「工具書」ということを理解されて今後も中国語学習や中国文化を考えるために活用していただきたいからである。

 本辞典は1992年末の刊行で、急激に近代化され激動する今日の中国の様相と比べて、「時代遅れの部分が目立つ」などという声がないわけではないが、現実にはまだ「変わらない中国」は多くあり、本辞典の利用価値は下がることはない。

 なお、本辞典の「漢英対照版」として『朗文中華文化風俗圖解辭典』(1997年、香港Longman出版、簡化字・繁体字対照)、≪郎文中华文化图解词典≫(2000年、Longmanと上海外語教育出版社との共同出版)があり、加えて中日版の電子辞書版が「卡西欧CASIO電子辞典」(中国大陸限定版)に収録されている。

 読者が、実際に絵図と見出し語とを結びつけるときに、たとえば、公共バスの乗車口の子供の身長をチェックする目盛り、列車のなかの客席のひじ掛けの有無、鍋などの厨房道具のかけ方、教室での児童の挙手の仕方、託児所の幼児の散歩風景、武装警察と解放軍兵士の帽章の異同、農村寝室の寝具の配置、ギョーザ作りの場面のそばに置かれたニンニク球……、外国人の我々には気づきにくい中国独特の生活習慣が描出されたひとコマを挙げればきりがないが、これらを見出すのも本辞典をひもとく楽しみでもある。ただ、そうはいうものの、上記の「中華文化風俗図解」という書名では、本辞典はあくまで生活常用語を生活現場の臨場感をもつ絵図をもって説明しているのであって、『清俗紀聞』や『北京風俗図譜』のように風俗・民俗を図解しているわけではないので、その点が誤解されないか、と心配するのは杞憂であろうか?(舩越國昭)

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