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『中国文化史大事典』

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 ことばというものに関わる仕事をしているものにとって、辞書や事典の類は必要欠くべからざるものであることはいうまでもないが、長い歴史をもつ上に「地大物博」の中国の文化についていえば、どれだけ辞書や事典があっても十分ということはないだろう。
 大修館書店から諸橋徹次著『大漢和辞典』縮写版(全13巻)の予約募集の新聞広告がだされたのが昭和41(1966)年の秋、ちょうど私が大学4年生で卒論に四苦八苦している時のことだった。心底欲しかったが、何分にも貧乏学生の身のこととて手がでない。で、同じころ大修館からだされた社員募集の案内広告を見て考えたのは、社員になれば『大漢和』が容易に手に入るのではないか、ということだった。

 そんな単純な動機で入社してしばらくした後、近藤春雄著『中国学芸大事典』(昭和53年1978年)が発行された。私はこの本が自分の勤める会社から出版されたことに何か因縁浅からぬものを感じた。
 というのは私が学生のころ、文学部の図書館にちょっと小ぶりの、しかしページ数が極めて多い、コロッとした感じの『支那學藝大辭彙』(近藤杢著)という本があった。その本は戦前の出版物で、利用者も多かったらしく、表紙がすり切れてよれよれだったが、中国の文学や思想に関するいろいろなことがかなり詳しく載っていた。ところが書名からも察せられるように、旧字でびっしり書かれている上、記述も難解かつ詳細なものであった。浅学の私としては、ざっとどういうことなのかが知りたいだけだったので、気軽に利用して重宝するなどというシロモノではなかった。
 その『學藝大辭彙』が子息の近藤春雄氏の手によって装いも新たに、分かりやすい現代仮名遣いの解説で生まれ変わり、最新の資料をつけて『学芸大事典』となったのである。その後、中国関係の単行本や雑誌『月刊しにか』を担当することになった私にとって『大漢和』とならんでこの『学芸大事典』が手元から離せない本になったことはご想像いただけるだろうと思う。
 とはいえ、『大漢和』はあくまでもことばの辞典、『学芸大事典』は文学・思想を中心とした事典である。宗教・美術・芸能・服飾・科学技術など、中国の古今にわたるあらゆる文化事象をあつかう雑誌『月刊しにか』の企画・編集は、あらゆる知識を必要とした。いわゆる百科項目をあつかった事典類は日本でも出版されていたし、中国からも『辞海』や『中国大百科全書』などが出ていたが、項目がなかったり、記述が詳しすぎたり、いずれも帯に短し襷に長しの感が否めなかった。

 一方、『月刊しにか』のために頂いた多くの原稿を読むにつれ、日本の中国学のさまざまな専門分野で、新しい研究者が育ってきていることを痛感させられた。そのような全国の研究者の最新の成果を結集して、一般の読者のための分かりやすい事典を作ることはできないものだろうか……。『中国文化史大事典』。この思いは日ごとに強くなっていった。まちがいなく意義のある仕事ではあるが、しかし、これだけの大がかりな出版を本当に実現できるのだろうか?
 まずは社内の賛同者を得ることと親しい研究者に相談することからスタートした。さらに社の役員を説き伏せると同時に各分野を代表する研究者に会い、下打ち合わせをした上で、1992(平成4)年11月、東京神楽坂の日本出版クラブで第1回の編集会議を開いた。席では、「長い中国の歴史のどこまでを考えるのか、地域は? 読者の対象は? 文化とは? 文化とは?」などなど、さまざまな意見が出され、一時はどうなることかと思ったが、最終的には各分野の調整で一定の了解をみた。その後京都でも、具体的な執筆をめぐって会議をもった。
 そして、いよいよ各分野別の項目選定と執筆者選びが始まった。といっても、編集委員の先生方はみなさん非常に多忙であり、一方社内でもさまざまな仕事の分担があって、この段階で企画の専属担当者をそれほど多くつけることができず、作業は遅々として進まなかった。そういう状況の中で、社命により私自身はまったく別の仕事を担当することになった。さらに、その後2003(平成15)年になり、私は社を辞して中国にわたり、北京で日本語教師として暮らすことになった。

 それから10年たった2013(平成25)年の夏、私が夏休みで帰国中に、大修館の担当者から『中国文化史大事典』が完成したという連絡をうけた。私は驚いた。私とてこの企画のことが気にならないわけではなかったが、身を中国において何ができるわけでもなく、企画は中途で挫折しているかも知れないとも思った。何しろ7000を越える項目に500人からの執筆者という大がかりな企画ではあるし、原稿の整理や、山ほどでてくる規格外の複雑な漢字のチェックと一つ一つの作字、校正、索引など考えると、気の遠くなるような作業であったはずだ。しかも企画の当初とちがって、大型の専門書の出版が非常にむずかしい昨今である。そうしたなかで担当者は編集作業をしぶとく続け、ついに完成させたのである。これぞ『大漢和』を始め、数々の辞典・事典を作り出してきた大修館の真骨頂というべきだろう。

 いま、この大冊の『中国文化史大事典』を手にした私の胸の裡は、編集代表をお願いした故尾崎雄二郎・竺沙雅章・戸川芳郎先生を始め、ご執筆者いただいた諸先生に対しての深い感謝の念と、大風呂敷を広げたまま途中から抜けてしまった自分への忸怩たる思いでいっぱいである。(森田六朗)

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