当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0445
「麒麟」とはもともと空想上の動物のことだそうですが、この熟語が実在のキリンを表すようになったのは、どうしてですか?

A

「麒麟」はたしかに、本来は空想上の動物のことです。なんでも、全体は鹿のようで、牛のような尾と馬のような蹄(ひづめ)を持ち、頭の上に角が一本、体毛は五色に輝いているそうですから、そんな動物、実在するわけもありません。実際、理想的な政治が実現したときのみ現れる「聖獣」だとされています。
044501とはいえ、いったいだれが見てきたのか、きちんと絵が残っているのは摩訶不思議。小社『大漢和辞典』掲載のその絵を、お見せしておきましょう。
ところが、そんな実在するはずのない聖獣が、突然現れたのだからたいへんです。時は15世紀の初め、世界史の教科書にも出てくる「鄭和(ていわ)の南海遠征」によって、阿丹(アラビアのアデン)から持ち帰られたのです。正史の1つ『明史』の外国伝には、「頸長六尺有二」とありますから、この「麒麟」は、我々の知っているキリンと同じものだと考えていいでしょう。
ここで疑問なのは、伝説の聖獣とは似ても似つかぬあのキリンのことを、当時の人はどうして「麒麟」だと思ったのか、ということです。その点について、小社『月刊しにか』2000年11月所収の西江雅之先生の「“中国・東アフリカ関係”覚え書き」には、次のように書かれています。

ソマリアのソマリ(Somali)語での”geri”という名称に、中国南方方言での発音”k’ilin”が類似していたことから、その名が実際の動物に付けられたとする説が一般的であるが、その信憑性は明らかではない。

確かに、”geri”と”k’ilin”とでは、どう発音するのか私は知りませんが、文字面だけからしても、そんなに似ているとは思えません。聖獣を皇帝に献上すれば、莫大なご褒美をいただけたことでしょう。あるいは欲に目がくらんだだれかのこじつけだったのかもしれません。そのせいもあってか、現代中国語では、キリンのことは「麒麟」とは言わず、「長頸鹿」と言うそうです。
それはともかく、日本語の「麒麟」は、この鄭和の南海遠征に由来しているようです。江戸時代の蘭学者の世界では、キリンのことを「麒麟」と書き表していたという記録があります。とすると、かわいそうにキリンさん。中国では早々と「聖獣」の資格を剥奪されて、日本でだけ尊ばれてきた、ということなのでしょう。
「ワタシだって、別に自分から“聖獣”だと主張したわけではないんですよ……」
動物園で口をモグモグさせているキリンさんから、そんな愚痴が聞こえてきそうです。

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