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漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0129
「翔」という漢字を辞典を調べると「ショウ」「かける」の読みしかありません。「とぶ」と読むのは間違いなのでしょうか?

A

ある漢字の訓読みが正しいか間違っているかを判定するには、まず第一に、その訓読みで表される日本語の意味を、その漢字が元来持っているのかどうかを検討することから始めます。
「翔」の場合、「羽」という漢字が含まれていることからも、空を飛ぶ鳥のことに関係する意味を持つ漢字であることは明らかです。また、この字の古い用例を調べると、『論語』に「色みて斯(ここ)に挙がり、翔(かけ)りて後に集まる」(鳥は人の気配を感じると飛び上がり、空をかけめぐった後でまた舞い降りる)という文句があります。さらにそのほかの古い用例なども総合して考えますと、この字は「空を飛び回る」という意味であることがわかります。
「空を飛び回る」ことを「とぶ」という日本語で表すのは、なんら不思議なことではありません。事実、平安時代の末期に作られたとされる『類聚名義抄(るいじゅみょうぎしょう)』という漢和辞典には、この漢字の訓読みとして「トフ(ブ)」が採用されているのです。以上からすると、この漢字を「とぶ」と読むのは、間違いではないといえるでしょう。
不思議なのは、この訓読みが現在の辞典にはあまり出てこないという事実です。「かける」という訓読みがかなり一般的に見られることからしますと、「飛び回る」の「回る」の部分の意味を表すためには「とぶ」よりも「かける」の方が訓読みとしてふさわしい、と判断されてきたのかもしれません。しかし、「かける」だと地上を駆ける場合も考えられますから、どっちもどっちだとも思われます。
むしろ重要なことは、「翔」の字のイメージです。単に「飛ぶ」のではなく「飛び回る」のですから、空中を移動する、自由なイメージがある漢字なのです。この漢字が、最近の赤ちゃんの名付けで人気があるのも、そんなイメージが背景にあるからではないでしょうか。

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