当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0335
漢和辞典で調べると、「借」「貸」の両方ともに「かりる」「かす」という意味が載っています。「借りる」「貸す」ではないのですか?

A

「いま、会いに行きます」といえば、話題のラブストーリーですが、これを英訳するとどうなるでしょうか。英語力に乏しい私に正確なことは申せませんが、おそらく、”I’mgoing.”ではなくて、”I’mcoming.”のような感じになることでしょう。つまり、日本語では「行く」というところを、英語ではcomeと表現するわけです。
これは、英語と日本語の間にある、現象のとらえ方の違いから生じる現象です。日本語では、話し手が移動する場合は常に「行く」なのに、英語では、聞き手のところへ向かって移動する場合は常に”come”なのです。日本語では話し手中心に、英語では聞き手中心に現象をとらえているわけです。
「かす」「かりる」と「借」「貸」の関係も、似たようなことです。あるものが、それを持っている人から他の人へと一時的に移動する場合、日本語では人を中心に現象をとらえて、もと持っていた人から見ると「かす」、相手の人から見ると「かりる」と表現します。しかし、中国語では、ものを中心に現象をとらえて、とにかくその所有者が一時的に変わることを、「借」「貸」と表現するのです。この2つの漢字は、中国語では基本的な意味は同じなのです。
その結果、中国語としての「借」「貸」は、日本語に翻訳するときには「かす」「かりる」の両方の意味で訳せることになります。ちょうど、英語のcomeが「行く」と「来る」の両方に訳せるのと同じです。漢和辞典で「借」「貸」を調べると、意味として「かす」も「かりる」も載っているのは、そういうわけなのです。
しかし、日本人としては、これは困ります。「かす」も「かりる」も一緒では、トラブルになりかねません。そこで日本語としては、「かす」は「貸」で、「かりる」は「借」で表すのです。「借金とは、かりた金ではなく、かした金のことだ」と言い張っても、日本の裁判官は絶対に認めてくれないでしょう。漢字の知識を傘に着て、無謀な冒険をするのは、やめておいた方がいいですよ。

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