当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

漢字Q&A

漢字Q&A

Q0533
中国の河北省の石家荘を「石家庄」とする表記がよく見られますが、どうしてなのでしょうか。中国側がそう表記しているからなのでしょうか?

A

 Q532に対するAで、中国が「瀋陽」の「瀋」を“沈”と表記しているからといって、日本で「沈陽」とするのは不適当、との説明をしました。この類いの表記の混乱は中国関連書籍ではけっこう見られます。

 最近、中国の首都・北京の中枢部を紹介している本をめくっていて、1937年1月に北京に入城した日本軍に接収され高級日本旅館として利用された翠明荘(現在の「翠明賓館」)についてのエピソードが目にとまりました。同書では、現在のホテル名は「翠明賓館」で、1941年日本発行の『北京案内記』では「高級旅館・翠明」だったと紹介されていました。1960年代の『簡化字総表』公布にともなって「莊」は“庄”に正式に簡化されたために、現代中国では“翠明宾馆”と表記されていて、上記の本ではそれによって、現在の賓館名には「庄」を使ったと推測されます(厳密には部首・まだれの点は「ちょぼ」であってタテ棒ではない)。しかし、本文中は中国の事物・人名・地名を日本漢字で表記しているのですから、ここも、「翠明賓館」とすべきではなかったでしょうか。戦前の表記「荘」(厳密には旧字体の「莊」だったでしょう)とわざわざ区別して、ここにだけ、簡体字「庄」を採用する必要性を感じません。ちなみに現代中国では、古代の思想家の荘子は“庄子”と表記されますが、日本では当然「荘子」です。

 ご質問の「石家」も上記とおなじで、現地の表記“石家”に引きずられたものと思われます。これも日本の文献では「石家」と表記するのが一般的でしょう。高校生向けの地図帳でも「シーチヤチョワン(石家荘)」と表記されております。

 ただ、ここで考えたい難題があります。中国の歴史的な地名・人名などの固有名詞で、「石家荘(莊)」のようにもともとの表記が判明している場合にはいいのですが、不明のときには悩みます。「庄」は宋代の韻書『広韻』に収録されていますから、古い時代からこの字が固有名詞に使用されていた可能性がゼロとはいえないでしょう。極端な例ですが、現代中国の簡体字使用の文献で“……庄”と表記されていたとして、単純に「荘」の字に置き換えられません。もともと「庄」であったかもしれないからです。どちらの字であったかを確認しなければならないことになります。

 この悩ましい問題に当てはまる組みの字はけっこうあります。引きつづき、次のQでご紹介しましょう。(舩越國昭)

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