当館では、『大漢和辞典』を始めとする漢和辞典を発行する大修館書店が、漢字や漢詩・漢文などに関するさまざまな情報を提供していきます。

漢字Q&A

漢字Q&A

以前の漢字文化資料館で掲載していた記事です。2008 年以前の古い記事のため、ご留意ください。

Q0333
「歌」と「唄」は、辞書などでは同じ扱いのようですが、意味の違いがあるのでしょうか?

A

小社明鏡国語辞典』(北原保雄編)は、こういうときに便利な国語辞典です。早速、「うた」の項目を引いてみますと、次のような説明があります。

邦楽(長唄ながうた・端唄はうたなど)や民謡(馬子唄まごうたなど)では、多く「唄」と書く。また、「ゴンドラの唄/セーヌの詩」などのように、情緒的気分/詩的な気分を押し立てて「唄/詩」を書き分けることもある。

たいへんわかりやすい説明で、付け加えることはなさそうです。しかし、漢字マニア向けの説明としては、少々もの足りないかもしれません。漢字的には、どうしてそのような使い分けが生じたのか、というところが気になるのではないでしょうか。
そこでやっぱり、漢字のことなら漢和辞典というわけで、小社新漢語林』(鎌田正・米山寅太郎著)を引いてみました。そうすると、「唄」のところに、この漢字は梵語(ぼんご)からの音訳文字だ、という説明が載っていました。
梵語とは、古代インドで使われていたサンスクリット語のこと。中国には主に仏教とともに伝わりました。仏教の世界では、サンスクリット語の発音をそのまま漢字で表すことがあります。「唄」もその1つで、仏を賛美する歌を表す「バイなんとか」というサンスクリット語を、そのまま書き表すために作られた漢字なのです。「バイなんとか」の「バイ」を「貝」の音読みバイで表し、それに音訳文字で表すことを示す記号「口」を付けたのが、この漢字の成り立ちです。
一方の「歌」の方は、漢文には一般的に表れる漢字で、たとえば『史記』に出てくる「易水(えきすい)を渡る歌」とか、李白の「蛾眉(がび)山月の歌」など、用例は枚挙にいとまがありません。
こうして見てくると、「歌」は主に漢籍を経由して、「唄」は主に仏典を経由して日本に入ってきたと推測できます。漢学・儒学は政治理念を説くことが多く、支配者層によく読まれたのに対して、仏教は庶民を救済することを目的として、民間に入っていきました。その結果、「唄」という漢字には、庶民的な、民俗的なイメージがまとわりつくことになったのではないでしょうか。
「唄」が邦楽や民謡などで使われ、情緒的な気分を表すその背景には、この漢字が生まれた事情と、日本に渡ってきて以後の長い使用の歴史が降り積もっているのです。

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